島崎晋「投資の日本史」

今川家に育てられた徳川家康、信玄の側近になった真田昌幸… 戦国時代、他家に差し出す「人質」は投資とリスクマネジメントを兼ねた選択だった【投資の日本史】

信玄配下の「二十四将」の1人として、下段左から2番目に真田昌幸(武藤喜兵衛)が描かれている(東京国立博物館所蔵「武田二十四将図」より 出典:ColBase https://colbase.nich.go.jp)

信玄配下の「二十四将」の1人として、下段左から2番目に真田昌幸(武藤喜兵衛)が描かれている(東京国立博物館所蔵「武田二十四将図」より 出典:ColBase https://colbase.nich.go.jp)

父子二代で「人質」を経験した真田昌幸と信繁

 同じく人質と言いながら、黒田官兵衛の嫡男と家康では置かれた状況や経験が随分と異なる。戦国時代の人質としてどちらが一般的だったのかについては、容易に答えの出るものではない。

 とはいえ、人質の肯定的な側面について、多くの読者はすでに目にしている。たとえば、NHK大河ドラマ『真田丸』で描かれた真田昌幸(1547?-1611)と子息の信繁(幸村。1567-1615)である。

 真田家が甲斐の武田信玄に臣従したのは昌幸の父・幸綱(幸隆)の代からで、単純に付き合いの長さだけで言えば、いつ裏切ってもおかしくない一族だった。

 昌幸は幸綱の三男。人質として甲府に送られたのは8歳の時で、それまで人質をしていた長兄の信綱が戦場に出られる年齢になったことから、交代要員として送られたと考えられる。

 その昌幸を、武田信玄は奥近習衆の列に抜擢した。奥近習衆とは、武田信玄の身辺に四六時中はべり、日常生活はもとより、指示があればどんな任務にも取り組む秘書集団。側近中の側近である。定員が6人なことから奥近習六人衆とも呼ばれた。

 信玄の言動や政務に実際を一番近いところで見ることができるのだから、戦国武将の卵として、これ以上ない学びの場だった。昌幸は信玄の期待に応える成長ぶりを見せていたようで、他の奥近習衆3人とともに、信玄と宿老4人で行なわれる作戦立案の場を一部始終見学することも許されていた。

 信玄はいずれ昌幸を宿老分として、作戦立案の正規メンバーにするつもりでいたが、そのためには真田家の三男では格好がつかないとして、昌幸を武田一門の武藤家に養子入れさせた。のちの長篠の戦いで長兄と次兄が揃って戦死したため、昌幸が真田家に復帰して家督を相続したが、たとえ兄たちが生きていたとしても、昌幸は武藤姓で歴史に名を残したはずである。

 昌幸こそ武田信玄の真の後継者とするのは言い過ぎかもしれないが、信玄はそれくらい昌幸に期待を寄せていた。武田家の未来を託せる人物と見込み、現場教育という形の投資を惜しまなかったのである。

 この昌幸の背を見ながら育った次男の信繁も、上杉景勝と豊臣秀吉のもとで人質生活を送った経験があり、それぞれに得るものがあった。景勝のもとでは主に駆け引き、秀吉のもとでは戦略・戦術に加え、政治と経済まで。父子2代連続の人質経験を真田家による投資とするなら、そのリターンは昌幸の長男・信之(上田藩初代藩主)の家系が存続したこと以上に、真田と言えば戦上手の呼び声が定着したこと。不朽の名声こそが最たるリターンであったと言えよう。

(シリーズ続く)

【プロフィール】
島崎晋(しまざき・すすむ)/1963年、東京生まれ。歴史作家。立教大学文学部史学科卒。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て現在は作家として活動している。『ざんねんな日本史』、『いっきにわかる! 世界史のミカタ』など著書多数。近著に『呪術の世界史』などがある。

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