もりでもかけでも大正解
さて、蕎麦を頼もうぜ。私は、いつもの通り、もりそばと決めている。噛めば香って喉越しは抜群。蕎麦の風味と、絶妙なつゆ――多摩っ子の私が江戸っ子だってねえ! と叫びたくなるちょうどいいキレのつゆ—――に、今日もまたしばし痺れるのだ。
「締めはもりですか?」
「うん。ケンちゃんはね。かけそばにしてみたら? 温かいヤツ。うまいよ」
もりと同様、かけも、蕎麦とつゆだけの品だ。バーで言う、ジントニックとか、マティーニみたいなものだろうか。シンプルなところに、その店の実力がはっきり出ている。
私は昔、ある人から、そんなことを聞いた。そのウンチクをケンちゃんに受け売りするのだ。かけそば、食べてごらん、と。
さて、その結果やいかに。
ものの2分とかからずに蕎麦を啜り、つゆを飲み干してケンちゃんいわく、「かけ、うまいですねえ!」
この一言を聞いたしばらく後で、私は自分のもりそばを食べ終わり、蕎麦猪口に残ったつゆに蕎麦湯を足して、はあぁ~うまい! と、老舗旅館の露天風呂にでも浸かっているような気分になったのだった。
【プロフィール】
大竹聡(おおたけ・さとし)/1963年東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒。出版社、広告会社、編集プロダクション勤務などを経てフリーライターに。酒好きに絶大な人気を誇った伝説のミニコミ誌「酒とつまみ」創刊編集長。『中央線で行く 東京横断ホッピーマラソン』『下町酒場ぶらりぶらり』『愛と追憶のレモンサワー』『五〇年酒場へ行こう』など著書多数。「週刊ポスト」の人気連載「酒でも呑むか」をまとめた『ずぶ六の四季』が好評発売中。