孔明が軍師として仕える「蜀」(しょく)という国が、敵国の「魏」(ぎ)へと大きな戦いを仕掛けている最中、孔明は仲間の武将に主力部隊を預けて、自身は残りの非常に少ない兵とともに「蜀」にとどまっていました。
しかしそこへ、敵の司馬懿(しばい)率いる魏軍が20万の大軍を率いて攻め寄せてきてしまいます。圧倒的不利な状況で不安と緊張が走った味方兵に対して、孔明は、城内を掃き清めさせて平常を装い、兵士たちには、なんと門を開け放った上で姿を隠すように命じます。そして自らは一人、城楼に上って琴を演奏し、敵を招き入れるかのような仕草をします……。
城門に到達した司馬懿は、何か孔明の策があるのではないかとおびえ、「これは孔明の罠であるに違いない!」と判断し、自軍に攻撃を命じることができませんでした。そして、なんと兵数で圧倒的な優位を誇っていたにもかかわらず、魏軍は撤退してしまったのでした。
司馬懿は後に、この「空城の計」こそが孔明の計略であったことを知ると、地団駄を踏んで悔しがったということです(注:『三国志(吉川英治歴史時代文庫)』(吉川英治著/講談社)を参照)。
インサイトは「大ピンチを突破する羅針盤」として機能する
この計略で、孔明が見つけたインサイト=「人を動かす隠れたホンネ」とは何でしょうか? 敵軍の司馬懿も天才的な百戦錬磨の軍師なので、そう簡単には、騙されません。騙されにくい人を騙すにはどうすればいいのでしょうか?
騙されにくい人というのは、騙されやすい人が引っかかってしまうような「好都合な条件」を見せられても、なかなか動きません。孔明が注目したのはまさにそこなのです。
「ただでさえ騙されにくい司馬懿に、あえて“好都合過ぎる条件”を見せれば、むしろ最大限に怪しんで絶対に動かないのではないか」ということです。
つまり、この場合の孔明が見つけた、司馬懿自身も自分で気づいていなかったような「隠れたホンネ」は、「(司馬懿のような)賢い人は、好都合過ぎる条件になればなるほど、警戒して(愚かな人のようには)動かない」──です。このインサイトを発見したことで、孔明は絶体絶命のピンチでも、時間や労力をほとんどかけることなく、切り抜けることができたのでした。