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【シンボルエコノミー化する世界に翻弄される日本】2%の物価上昇と2%の実質GDP成長の実現に拘泥する政府・日銀と、苦境から脱却できない国民生活

「失われた30年」の噓

「シンボルとは事物の死であると述べたのは、ジャック・ラカンだった」。テリー・イーグルトンは、1986年に著した『シェイクスピア』で、そう紹介しました。まさに、シンボルエコノミーはリアルエコノミーを殺して誕生したのです。1971年、リチャード・ニクソン米大統領はドルと金の交換を停止しました(ニクソンショック)。シンボルエコノミーは、基軸通貨でありリアルエコノミーの神であったドルを金と切り離したことで生まれたのでした。

 リアルエコノミーの世界で、日本は逸早くゼロ金利に到達し、近代の次の社会を構築するチャンスを得たのですが、シンボルエコノミーの世界に巻き込まれ、翻弄されています。残念ながら、このことに日本の政官財のリーダーたちは気づいていないようです。あるいは気づいているのだとしたら、それはあまりにも自分たちには手に負えない問題なので見て見ぬふりをしているのかもしれません。前例踏襲のほうが容易なので、政府・日銀そして新自由主義を信奉する主流派経済学者たちは、20年以上にわたって2%の物価上昇と2%の実質GDP成長の実現に拘泥しています。

 日本は近代の次に来るシステムを設計するという、数世紀の一度の大チャンスを失おうとしています。1990年代の土地・株式バブルの崩壊は、最後の金融機関への公的資金注入があった2003年に終わっていると考えることができます。ということは、バブル崩壊で失われたのはおよそ十数年です。大手金融機関への公的資金注入は、2003年が最後です。

 したがって、その後の二十数年間で失われているのは、ポスト近代を設計するチャンスです。一括りに「失われた30年」と表現すると、今起きている地殻変動を見落としてしまいます。バブル崩壊の1990年から2003年までに失ったのは、輝いていたように見えた「過去」ではありません。それも「幻想」だったのです。2004年以降、現在に至るまで失い続けている、あるいは見ようとしないのは、近代の次に来る「未来」なのです。

 リアルエコノミーとシンボルエコノミーのどちらが「例外」で、どちらが「常態」なのかは、21世紀が近代の延長線上にあると考えるのか、あるいは近代が終わってポスト近代の時代であると考えるのかによって、180度異なります。

21世紀は近代か、ポスト近代か?

21世紀は近代か、ポスト近代か?

 近代の延長線上にあるという前者の根底には、社会は常に膨張し進歩するという考え方があります。20世紀までの原則「成長とインフレがすべての怪我を治す」が20世紀末に変異して、「資産インフレがすべての怪我を治す」に置き換わっただけです。こう考えれば、1980年以降21世紀の現在まで続いているシンボルエコノミー化は「常態」(図表3の★)、あるいは近代の亜流と言えます。

 近代社会の行動原理「より遠く、より速く、より合理的に」に従って行動すれば、消費者は満足度を最大化、企業は利潤を極大化できました。このなかで「より速く」は株式市場で顕著です。投資家は「電子・金融空間」において高頻度取引(HFT=high-frequency trading)を駆使して利ザヤを得ようとしています。この空間は土地に縛られることはなく無限です。IT技術を駆使すれば、1秒をほぼ無限に切り刻むことができるからです。

 いっぽう、近代の行動原理は終わったと考えれば、21世紀の日本のゼロ成長経済がポスト近代における「常態」(図表3の★★)となります。こう考えれば、シンボルエコノミー下におけるバブル生成と崩壊が頻発する「ショック・ドクトリン」は当然「例外」的現象であり、制御すべき対象となります。また、自由と平等は普遍的概念だと考えれば、ごく少数の人に富が集中するシンボルエコノミーの世界は「例外」となります。

 シンボルエコノミーの世界が「常態」であると考えれば、「より遠く」の行動原理をより徹底することですから、現在は近代の延長にすぎません。フランス革命と産業革命の「二重革命」は「例外」だったことになります。20世紀の著しい高度成長と同様に、自由と平等は「あっけないエピソード」だったことになってしまいます。その結果、国民国家の時代からビリオネアが君臨する資本の帝国へと統治形態は変容していくことになるでしょう。

 いっぽう、シンボルエコノミーの世界が「例外」であると考えれば、自由と平等は普遍の原理であって、社会を分断させてきたシンボルエコノミーの構造を解体する必要があります。すなわち「よりゆっくり」な社会に転換させていかなければなりません。「より多くの」私的所有権を追求することを至上命題とする資本主義経を成り立たせている概念も見直す必要が出てきます。

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