ビジネス・ブレークスルー(BBT)を創業し、現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める大前研一氏
グローバル時代に独禁法は合わない
今や世界の鉄鋼業界は中国企業が席巻している。世界鉄鋼協会「粗鋼生産量ランキング」(2023年)では、ダントツが中国の宝武鋼鉄集団で、2位がルクセンブルクのアルセロール・ミタル、4位が日鉄だ。上位10社のうち6社を中国勢が占め、アメリカ勢はニューコアが15位、クリーブランド・クリフスが22位、USスチールが24位でしかない。
中国には鉄鋼会社が100以上あったが、国内の不動産・インフラ建設バブルの崩壊で輸出依存になり、海外でダンピングしながら生き残るために合併し始めている。それでもまだ70~80社あるので、今後は国内で合併が進み、宝武鋼鉄集団のような巨大企業が続々と誕生するかもしれない。
かつて私はブラジルの鉄鋼会社に頼まれて中国の鉄鋼会社を買いに行ったことがある。だが、中国政府は1社も売ってくれなかった。鉄鋼会社が立地している町にはそれ以外に産業がないので、外国企業に売ったら住民の反発を招き、中国共産党にとって命取りになるからだ。言い換えれば、ある町の鉄鋼会社をつぶしたらその町の住民は仕事がなくなるので、他の町の鉄鋼会社との合併によって存続させるしかないのである。
一方、日鉄は自動車用の薄板や油送用のシームレスパイプなどで優位にあるが、もはやUSスチールやクリーブランド・クリフスが単独で存続することはできないし、両社が合併したとしても生き残っていくのは至難の業だ。となれば、日鉄は両社がつぶれるのを待ち、USスチールのアーカンソー州の電炉子会社やクリーブランド・クリフスの電炉を取得する手もあるだろう。
日鉄の若手社員の中には、主戦場での競争相手は中国企業なのに、なぜ今さら落ちぶれたUSスチールにこだわるのかと疑問に思っている人もいるかもしれない。
しかし、これはある意味“腐れ縁”である。
かつて日米貿易摩擦で鉄鋼も標的になった。しかし、当時の鉄鋼連盟会長で新日本製鐵(日鉄の前身の1社)初代社長の稲山嘉寛さんが「我慢と協調の哲学」を唱え、政府に介入させない方法をUSスチールと画策して「トリガープライス【*】」という仕掛けを作り、鉄鋼が日米間の大きな政治問題になることを回避した。
【*トリガープライス/アメリカが1978年に導入した輸入鉄鋼製品の最低価格制度。 輸入価格が一定の価格を下回ったら、政府がダンピング調査を開始するというもの】
つまり、買収を“結婚”に見立てた喩えで言えば、日鉄のUSスチール買収は、いわば高校時代の恋人同士が半世紀の時を経て結ばれるようなものなのだ。だから日鉄は好条件の買収計画を提案し、それにUSスチールも合意したのである。