細野さんの理想は「山と街のある暮らし」だ。山に住み、街で店を営むという憧れの条件が合致したのが秩父だった。意外にも、移住のハードルは低かったと笑う。
「周りからは『移住なんてよく決意したね』と驚かれましたが、私の意識は引っ越し。空気のいいところに行こうか、くらいの感覚でした」(細野さん・以下同)
たしかに、移住と聞くと「人生の一大決心」のように聞こえるが、そこは“ちかいなか(近い田舎)”を謳い文句にする秩父。都内に通勤している人も多く、細野さんは娘さんにせがまれて、原宿に出かける日もあるという。
一目惚れした山小屋風の自宅
細野さんが物件探しに要した期間は1~2か月。雑誌やネットで情報を得ていたとき、空き家バンクのホームページを見てピンときた。そして、内見当日に即決したという。
「山小屋風の外観と天井の高さが気に入りました。昔から植物を育てたり、山の素材を使ってリースなどを手作りするのが好きでしたが、この辺りは植物のツルは取り放題、松ぼっくりは拾い放題。楽園ですね。
あと、鳥の声の目覚ましは人工的な音だと思っていたら、山の鳥って本当にあんなふうに鳴くのだと知りました。毎朝、鳥の声で目が覚めるのがなんとも心地いいんです」
新生活になってからペットボトル飲料を買わなくなった。
「ここは水道水でも充分おいしいので、浄水器をつける必要がない。娘のアトピーもかなり改善しました」
そんな細野さんでも、移住当初は戸惑いもあった。
「山の中の家なので街灯はなく、夜は真っ暗闇。目が慣れるまではしばらくかかりました(笑い)。人間関係の悩みは特にないのですが、自分から話しかけるよう心がけました。地元の人は一度お話をすると『困っていたら手を貸すよ』とやさしい言葉をかけてくれる人が多いんです。よそ者をシャットアウトする雰囲気はありません」
『ちちぶ空き家バンク』委員長で、不動産業を営む依田英一郎さんが言う。
「移住当初は、地元の人から話しかけられることは少ないかもしれません。でも、移住者が一歩踏み込んでくれると、地元の人たちは二歩三歩と近づいていく。逆にヘンに都会風を吹かせたり、『自分は東京でこんな仕事をしていたんだ』などと威嚇するようなタイプの人に出くわすと後ずさりしてしまう。これは秩父に限らず、田舎にはそういう傾向があると思います」