そもそも日本の一般的な企業の場合、テレワークで労働生産性を上げるのは容易なことではない。すでに過去の記事で指摘したように、日本企業は従来の「メンバーシップ型雇用」から「ジョブ型雇用」にシフトできなければ、現状を維持することさえも難しい。しかも、テレワーク中心で仕事をしていると、社員が「自分に与えられた任務さえこなしていればよい」と考えるようになり、組織が役所のような“縦割り縄のれん”になってしまう恐れがある。そうなると、会社の伝統やカルチャーが若手社員に継承できず、新しいビジネスを創出することもできない。
にもかかわらず、経営者の中には「わが社はテレワークでちゃんと仕事が回っています」と言う人がいる。しかし「回せている仕事」というのは「見えている仕事」にすぎず、そこから新しいものは生まれてこない。
たとえば、私が会長を務めている「ビジネス・ブレークスルー(BBT)」では永年勤続者表彰を行なっている。彼らは会社の伝統とカルチャーを知っており、会社全体の事業を俯瞰することができるからだ。その知識や経験、ノウハウを若手社員に引き継いでいくためには、テレワークではなく、実際に“接触”しなければならない。新しいものを生み出すのは、往々にして年代や部署が違う人とランチを一緒に食べている時や休憩時間に雑談をしている時だからである。
そういう一見無駄なコミュニケーションで“横串を刺す”ところに新しいビジネスチャンスが転がっている。それはテレワークやZoom会議ではなかなか見つけられないと思う。
あるいは、新しいビジネスというのは、しばしば顧客から「こういうことはできないか」と相談されることで生まれるものだ。しかし“縦割り”の人は「思いつきません」「できません」で終わってしまう。そうした顧客からのチャレンジを、テレワーク主体となった会社の中でいかに共有し、社内外にある技術・商品・ノウハウを組み合わせて新事業に仕上げていけるか──。
アフター・コロナ時代の企業が問われているのはそうした課題であり、菅官房長官のように「リゾート地や温泉地でワーケーション」などと言ってお茶を濁している場合ではないのである。
●おおまえ・けんいち/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊は小学館新書『新・仕事力 「テレワーク時代」に差がつく働き方』。ほかに『日本の論点』シリーズ等、著書多数。
※週刊ポスト2020年9月11日号