濡れると色の変わる布地を座席に採用
昔は、座席前のポケットなどにごみを放置したまま降車する人も多かったが、ごみはゴミ箱に入れるよう、車内アナウンスなどで粘り強く訴え続けた結果、今ではほぼすべての旅客がごみを車内のデッキやホームのごみ箱に入れるようになった。また、昔は座席備え付けの灰皿を一つ一つ掃除しなければならなかったが、現在は東海道・山陽新幹線の列車に設けられた喫煙ルームを除いて車内はすべて禁煙となったため、その手間も無くなった。そのほか、国鉄時代は洗面所に冷水器があり、紙コップが備え付けられていたためその交換作業も含まれていたが、今は衛生上の理由もあって冷水器は姿を消し、紙コップを交換する必要もなくなった。
だが、昔から関係者の悩みの種となっているのが、「座席が濡れている」というトラブルだ。JR東日本によると同社の新幹線の列車だけで年間約7000件も発生するそうで、うち半数は東京駅で折り返す列車で見られるという。しかも近年は増加傾向にあるようで、これに対応するため鉄道会社は、先端に水分を検知するセンサー付きの小さなほうきを清掃時に導入している。この7月にデビューした東海道・山陽新幹線の新型車両「N700S」では、普通車、グリーン車とも「水濡れセンサーシート」と言って、濡れると色の変わる布地が座席に採用された。ほかにも、座席に電気を通す糸を縫い込んで微弱電流を流しておき、この糸が濡れると清掃担当者が携えた検知器に無線で知らせる仕組みもJR東日本が研究中だ。
とはいえ、濡れていることを発見したとしても、短い清掃時間の間に出来ることは限られている。座席を乾かしたり、乾いた座席に交換することまでは出来ない。濡れた座席を発見すると、清掃担当者は注意事項が記載した紙を座席に貼るといった対策を施すが、その座席はしばらく利用できなくなってしまうため、鉄道会社にとっては非常に都合が悪いのだ。
ちなみに、指定席が濡れていた場合に備え、鉄道各社は常に一定数、予備の空席をあらかじめ用意している。指定席を購入した旅客に少しでも快適な旅行を楽しんでもらうためだ。新幹線に乗る際には、こうした鉄道会社のおもてなしの精神と、清掃にまつわる試行錯誤をほんの少し思い出してもらい、座席をきれいに利用して欲しいものだ。
【プロフィール】
梅原淳(うめはら・じゅん)/鉄道ジャーナリスト。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)入行。雑誌編集の道に転じ、月刊『鉄道ファン』編集部などを経て2000年に独立。現在は書籍の執筆や雑誌・Webメディアへの寄稿、講演などを中心に活動し、行政・自治体が実施する調査協力なども精力的に行う。近著に『新幹線を運行する技術 超過密ダイヤを安全に遂行する運用システムの秘密』がある。