それで、緊急事態宣言後の実入りについて聞いてみた。「国からの協力金、ゼロなの?」と聞くと、「ゼロ、ゼロ」と2度繰り返す。
「だいたいタクシーって、飲食店あっての仕事なんですよ。店が早く閉まったら、お客さん、電車で帰っちゃうでしょ。で、何、今回の緊急事態宣言で8時閉店? もう、銀座のクラブ街なんか、行くだけムダ。街全体が夜になると、人がいないんだから。ホント、政府が困っている業界を救ってくれるんなら、タクシー業界だって助けてほしいよ」
その運転手さんはこれまで夜は銀座に車をつけていたんだそう。その話しぶりと名前の書かれた写真から、彼を40代初頭と見立てた私は、タメ口で聞いてみた。
「いつも乗ってくれるお得意さんがいたんだ?」
「そりゃあ、いましたよ。でも、全部消えちゃった。リーマン・ショックのときも、銀座で飲む人は一気にガクンと減ったけど、それでもここまではひどくなかったなぁ。もう、オレ、これからどうなっちゃうんだろ。歩合だから売り上げが上がんないと家に帰りにくくて」
会社支給のポリエステル100%の黒いジャケットを着て、背中を丸める姿は、なんとも心細そう。「660円になります」という声に覇気はない。電子マネーで支払いをしながら、「いいことも続かないけど、悪いことだって、そうそう続かない。そのうちどうにかなりますって」と、なんの慰めにもならないことを言うと、運転手さんは「ああ、今日もいいのは天気だけッ!」とヤケクソぎみにおどけた。
その言い方がおかしくて思わず吹き出したら、「まぁ、天気でもなんでも、悪いよりいい方がいいっすけどね」と言ったので、また笑った。
見上げれば、冬の抜けるような青い空が広がっている。タクシーから降りて、地下鉄の改札口までの間、「いいのは天気だけッ!」が頭の中でリフレインして、そのたびにクスッ。逆境にあっても、そんな啖呵を切れる人に出会うと、こっちもどこか明るい気持ちになるんだよね。
【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。
※女性セブン2021年2月11日号