自治体により補償内容は異なるが、全国で独自の認知症高齢者向けの賠償責任保険の制度が導入されている。賠償金の上限額は1億~5億円とばらつきがあるが、ほとんどの自治体で利用者負担はなく、行方不明時の捜索や示談交渉といった付帯サービスを用意するなど手厚い。
実際にどのような場合に支払われるのか、前出の中原氏が解説する。
「家族でレストランに行き、食事中に粗相をして座席を汚してしまったケースには、クリーニング費用などに13万8632円を補償しました。また、集合住宅で水道の蛇口を締め忘れ、下の階にまで漏水させたケースには、天井や壁の補修費用として28万6000円を支払いました」
前述のJR東海の事故があった愛知県大府市にも同様の制度ができた。事故当事者の長男・高井隆一氏に話を聞いた。
「父の事故当時から考えると隔世の感がある。賠償請求の知らせを受けたのは父が事故で亡くなってから半年後。まだ悲しみから立ち直っていない状況でした」
高井氏とJR東海は、主に“家族の監督義務の有無”について争った。最終的に高井氏側の勝訴。在宅介護において、認知症の人を24時間365日、途切れなく監視するのは不可能だ。もし、遺族側が敗訴していたら、在宅介護の現場は萎縮し、「外出願望があればすぐにでも施設入居」ということになっていたかもしれない。高井氏は続ける。
「8年間という長い年月でしたが、今は戦ってよかったと思っています」
認知症が原因で誰かに迷惑をかけてしまったとしても、お金で解決できる場合もある。それにより、認知症の家族の尊厳を維持できることもある。使える制度があるか、まずは問い合わせてみるといいだろう。
■取材・文/末並俊司(介護ジャーナリスト)
※週刊ポスト2021年4月1日号増刊『週刊ポストGOLD 認知症と向き合う』より