「子育ては多摩ニュータウンで」“故郷”に戻った瀧口寿彦さん(47)
2021年3月 19歳まで過ごした実家の3LDKをフルリフォーム。「子供のころつけた柱の傷などはあえて残しています」(瀧口さん)
10年ほど前に都内から多摩ニュータウンに引っ越してきましたが、実は小学校3年から19歳まで住んでいました。両親は今もこの街で暮らしています。
私は第2次ベビーブームの世代で、当時は同世代の子どもたちで溢れていました。皆、いろいろなところから移り住んできた、似たような境遇でしたから、すぐ打ち解けることができました。広くて緑の多い公園がたくさんあるので、思い切り走り回れて本当に楽しい思い出ばかりです。夏は公園ごとに盆踊りが開かれ、屋台もたくさん出て盛り上がったものです。
大学進学と同時に離れましたが、子育ては多摩ニュータウンでしたいと思い続けていました。結婚して子どもが生まれ、その夢が叶いました。現在は多摩市50周年記念事業の実行委員長をやっています。故郷のために働けるなんて、こんな幸せなことはありません。
1986年 「多摩センターの駅前にはイトーヨーカドーしかなくて、多摩丘陵の山肌が見えていました」(瀧口さん)
2021年3月 永山商店街の福祉亭に集まった住民の皆さん。エレベーターの設置されていない団地も数多いが、「住み心地がよくて離れることができません」と笑いながら話す(右から4人目が瀧口さん、右端がNPO法人福祉亭理事長・寺田美恵子さん)
撮影/佐藤敏和、内海裕之 写真/田中ちひろ、UR都市機構、南多摩新都市開発本部 取材・文/末並俊司、小野雅彦
※週刊ポスト2021年4月2日号