働き続けるメリットと天秤にかけて
しかし、いのくちファミリークリニック院長の遠藤英俊さんは「できるだけ働き続けた方が、心身の健康に有益」と指摘する。
「働かず家に閉じこもって人との交流がなくなると、記憶や学習などを担当する脳の前頭前野が活性化されず、認知症のリスクが高まります。
また通勤の機会などがなくなり、運動不足になることも認知症の原因になりうる。実際、定年後に発症するケースは少なくありません。さらに退職後に社会的な交流がとだえると、筋肉量や筋力が低下して身体能力が下がる『サルコペニア』の危険性が増したり、精神的な張り合いがなくなって老化が進んだりする恐れがあります」(遠藤さん)
徳島県上勝町で、料理を彩るために添えられる「つまもの」として出荷する「葉っぱビジネス」を30年続ける西蔭幸代さん(83才)も、仕事と健康が直結することを肌で感じている。
「『病は気から』といいますが、前の晩に頭が痛くても、翌朝8時に注文が取れたらそのことを忘れて夢中で畑に飛び出して行ってしまう。夕方になって『あれ、頭が痛いのどうなったんだっけ』とふと思い出すんです(笑い)」
西蔭さんら300人をまとめて、上勝町で葉っぱビジネスを展開する「いろどり」社長の横石知二さんも、「葉っぱビジネスがあることで、人生に張り合いが出てくる人は多い」と語る。
「その日やるべきことがあるというのは心身の健康に直結します。実際、脳梗塞で倒れて左半身が動かなくなってしまった当時60代の女性も、普通なら施設に入るか入院するかという二択しかないところに、仕事を持っていたから『リハビリしながらでも仕事をしたい』と第三の選択を取り、病気と闘いながらも仕事を続けました。
仕事をしていれば居場所と役割ができて自分で未来を選ぶことができる。特に田舎に住んでいて高齢になれば自分でモノを考えず引きこもりがちになりますが、ここでは地域に自分の役割や居場所があるから、仲間とともに楽しみながら働いて、孤独を防ぐことができるんです。
いまはコロナ禍で消防団や敬老会といった昔ながらの地域共同体の集まりができなくなりましたが、上勝町にはいろどりを通じたコミュニティーがあり、住民は仲間意識を持っています」(横石さん)