「注文とれたでぇ~」。朝8時、「受注おめでとう!」という文字が浮かんだパソコンの画面を見ながら、西蔭幸代さん(83才)はつぶやいた。
彼女の住む徳島県上勝町は、険しい山々に囲まれ、梅や桃をはじめ南天、椿、もみじなど豊かな木々が育つ。それらの葉を栽培して収穫し、料理を彩るために添えられる「つまもの」として出荷するのが西蔭さんの仕事だ。
上勝町では、この「つまもの」の販売やシステム運営を行う会社「いろどり」の情報支援のもと、70代の女性を中心におよそ300人がこの「葉っぱビジネス」に従事している。「梅の花10ケース」「南天の葉10ケース」といった農協の注文は、毎朝8時ちょうどにオンラインで受付競争が始まるため、彼女たちはそれぞれの家で固唾をのんでパソコンの画面を見つめる。
「注文の品は事前に画面で確認できるため、高値で取引してもらえる人気商品に目星をつけ、7時59分58秒になった瞬間に注文ボタンをクリックします。運がよければ8時きっかりに注文が取れますが、競争に負けることも多い。受注に成功したら山や畑で目当ての葉っぱを摘んで出荷します」(西蔭さん)
西蔭さんがこの仕事を始めたのは30年ほど前。縫製工場に勤めていたときにお隣さんから「ゆきちゃん、工場より私がやってる葉っぱの仕事の方がいいでよ」と誘われたことがきっかけだった。以降、83才のいままで一日も欠かさず働いてきた。
「2014年に亡くなった夫が盆栽好きで、いろいろな木を周辺に植えていたおかげでこの仕事ができています。毎朝8時5分前にパソコンの前にスタンバイして、注文が取れても取れなくても日が暮れるまで畑作業を続ける。夜はタブレットやパソコンで注文状況をチェックしたり生産部会のネット掲示板を見たり情報収集をして、すべて終えて寝るのは23時頃。朝寝坊したこと? そんなの絶対ない! 一日もないです」(西蔭さん)
デジタルデバイスを使いこなす西蔭さんは、記者の取材にZoomを使って応じてくれた。始終穏やかで楽しそうに話していた彼女だが、寝坊や欠勤の有無を聞くやいなや、語気を強めて強く否定する。
「葉っぱビジネス」への気合と矜持を感じた瞬間だった。