子会社を「攻めの売却」か「切り売り」か
なぜ、こんなにも違ってしまったのか。分岐点は米国で原発を手がけてきたウエスチングハウスの買収だ。同社を巡って、東芝は米GE(ゼネラル・エレクトリック)と日立連合と争った末、6000億円超もの金額を投じて傘下に収めたが、2011年の東日本大震災による原発事故で事業の先行きが不透明となった。ウエスチングハウスの業績は急速に悪化し、ついに2017年には経営破綻。旧経営陣による不正会計が発覚したことも重なって東芝は債務超過に陥り、現在のような事態に陥っているのだ。
両社の違いは、行動経済学でいう「フレーミング効果」で説明できる。フレーミング効果とは、物事をある“枠(フレーム)”に当てはめて思い込むこと。日立は旧来の固定観念の枠を壊して次々と変化することを厭わなかった。同社は、リーマンショック後の2009年3月期に7873億円の最終赤字に転落したことで、それまでのような家電や重電などハードを中心としたビジネスモデルでは生き残れないと判断。AI(人工知能)などのIT先端分野に経営資源を集中させ、ソフト中心のビジネスモデルへと大転換したのである。
なかでも象徴的なのが、経営トップの顔触れだろう。2009年に社長に就任した川村隆氏と、その後を継いだ中西宏明氏(現・日本経団連会長)はともに子会社からの異例の抜擢で、現在の東原敏昭社長に至っては、歴代社長が東大出身者で占められてきたなかで初となる徳島大学卒(ちなみに、ノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏と同期)である。直近3代の社長はいずれも、決して同社の“主流”ではない人物が舵を取り、組織に変革をもたらしてきたのだ。
一方の東芝はというと、「フレーミング効果」に縛られたままのように見える。いつまでも自社の優位性は揺らがないという「心の慣性の法則」を拭い去ることができず、抜本的な変化を怠ったと言わざるを得ないだろう。東芝もデジタル化に舵を切ろうとしたものの、不正会計と米原発子会社の破綻による債務超過が重くのしかかり、稼ぎ頭だった半導体事業や、成長期待の高かった医療機器事業の売却などを余儀なくされた。
日立は、かつてグループの「御三家」といわれた日立化成、日立金属、日立電線(2013年に日立金属に吸収合併)のうち、既に日立化成を売却し、残る日立金属についても売却を検討している。主力のITを活用したビジネスに注力するため、旧来の固定観念に捉われないグループ再編を加速させている。日立の子会社売却が「攻め」なら、これまでの東芝の子会社売却は切羽詰まった「切り売り」としか映らないのではないだろうか。