「お前、大学で遊んどるヒマはないぞ」
「ブロードバンド」と呼ばれた高速ネット通信の黎明期、孫は筒井という天才軍師を手に入れた。天才はいきなりとんでもない戦略を孫に進言した。
「どうせADSLをやるのなら、フルIP(インターネットの通信方式)でいきましょう」
それまでのインターネット通信はATM(非同期転送モード)という電話の延長線上にある技術を使っていた。筒井は「フルIPなら通信速度は20倍以上になる」と主張した。
しかしネット先進国のアメリカでも当時はATMが主流である。フルIPのインターネット通信など、世界の誰もやったことがない。筒井の話を聞いて目の色が変わったのは孫だけで、他の役員は「そんなギャンブルをしたら、会社が潰れてしまう」と尻込みした。やるべきか、やらざるべきか。堂々巡りの議論に孫が切れた。
「もういい。俺は筒井と心中する!」
孫は全役員の反対を押し切ってフルIPのADSLサービスを決めた。「Yahoo!BB」のブランドで世界最速(当時)のブロードバンド・サービスを開始した。新参者の孫は宮川、筒井を引き連れて巨艦NTTに挑みかかり、日本の通信市場を沸騰させた。
あれから20年。孫は日本の携帯電話市場で「3メガ(三大携帯電話会社)の一角」という地位を手に入れた。ソフトバンク・グループの携帯電話子会社ソフトバンクは、毎年1兆円近い営業利益を稼ぎ出す、打ち出の小槌だ。
今や巨艦となったソフトバンク。そこに挑む三木谷の楽天モバイルは、かつて孫が「フルIPのADSL」でNTTを翻弄したように、「完全仮想化」という新たな技術で3メガを揺るがそうとしている。
テクノロジーによる下剋上。二人の海賊のぶつかり合いが、日本の通信市場を再び沸騰させようとしている。
(第3回に続く)
【プロフィール】
大西康之(おおにし・やすゆき)/1965年生まれ、愛知県出身。1988年早大法卒、日本経済新聞社入社。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年4月に独立。『ファースト・ペンギン 楽天・三木谷浩史の挑戦』(日本経済新聞)、『東芝 原子力敗戦』(文藝春秋)など著書多数。最新刊『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(東洋経済新報社)が第43回「講談社 本田靖春ノンフィクション賞」最終候補にノミネート。
※週刊ポスト2021年8月20日号