一方、家族外の非共有環境としては「学校や地元の友だち集団」「教師」「ソーシャルメディア」など一人ひとりが異なる体験をする環境が考えられる。そのなかでももっとも影響力の大きいのがピアグループ(友だち集団)で、発達心理学者のジュディス・リッチ・ハリスは、子どもの人格形成に決定的なのは「友だち集団内の地位争い(キャラづくり)」だと述べて、「子育ての努力に意味はないのか」との論争を巻き起こした(*)。
【*参考:ジュディス・リッチ・ハリス『子育ての大誤解 重要なのは親じゃない〔新版〕』ハヤカワ文庫NF】
これは現在に至るまでもっとも説得力のある非共有環境の説明だが、それがずっと無視されてきたのは、ハリスが博士課程を病気で中退した在野の研究者であること以上に、発達心理学や教育心理学にとってきわめて不都合だからだろう。既存の心理学は「幼児期の子育てが子どもの性格をつくる」ことを当然の前提としてきたが、ハリスはそれを真っ向から否定したのだ。
遺伝なのか、環境なのか
どちらが正しいかは、(認めるかどうかは別として)現在ではほぼ決着がついている。
図表4は、総計1455万8903人の双生児を対象とした1958年から2012年までの2748件の研究を2015年にメタ分析したもので、「パーソナリティ(性格)」「能力」「社会行動」「精神疾患」における遺伝率、共有環境、非共有環境の影響を推計したものだ(*)。
【*参考:Tinca J C Polderman, Beben Benyamin, Christiaan A de Leeuw, Patrick F Sullivan et.al (2015) Meta-analysis of the heritability of human traits based on fifty years of twin studies, Nature Genetics /ここではCharles Murray (2020)Human Diversity: The Biology of Gender, Race, and Class, Twelve掲載のデータを抜粋した】
メタ分析(メタアナリシス)は、過去に独立に行なわれた複数の研究を統合し、ひとつの研究であるかのように解析する手法で、個別研究よりもはるかに信頼性の高いエビデンスとされる。ひとつの研究結果は、それとは異なる別の研究結果で否定できるが、メタ分析を否定するには学問分野全体を覆さなくてはならない。ここで紹介するのは、行動遺伝学のなかでもっとも大規模なメタ分析のひとつだ。
ざっと眺めてわかるように、ほとんどの項目で遺伝と非共有環境の影響が圧倒的に大きく、共有環境の影響はほとんどないか、きわめて小さい。