【最後の海賊・連載第4回 前編】コロナ禍の「巣ごもり需要」によって三木谷浩史氏率いる楽天グループは堅調に売上高を伸ばしている。だが一方で、携帯電話事業への新規参入はそこで稼ぎ出した利益を吹っ飛ばすほどの赤字を生む。なぜ、リスクを鑑みないのか──。週刊ポスト短期集中連載「最後の海賊」、ジャーナリスト・大西康之氏がレポートする。(文中敬称略)
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「15兆円のオポチュニティー(ビジネス・チャンス)は凄まじい」
8月11日、楽天グループ会長兼社長の三木谷浩史は決算発表のオンライン記者会見で、携帯電話インフラをパッケージで輸出する楽天コミュニケーション・プラットフォーム(RCP)の可能性について熱く語った。
三木谷の言う「15兆円のオポチュニティー」とは、5G(第五世代移動通信システム)に移行しようとしている世界の携帯電話会社が年間に実施する設備投資の総額である。その1割を取れば年間1兆5000億円が転がり込んでくる。世界で初めて携帯電話ネットワークの完全仮想化に成功した自分たちには「RCP」という強力な武器がある。
「お楽しみはこれからだ」
それがこの日の会見で三木谷が発したメッセージだったが、メディアの反応は冷たかった。
「半期ベースで4期連続の赤字」
「携帯投資負担膨らむ」
日本経済新聞をはじめとする新聞は、こぞってネガティブな見出しをつけた。楽天グループが発表した2021年1~6月期の連結決算(国際会計基準)が、最終損益654億円の赤字(前年同期は274億円の赤字)だったからだ。
日本経済が「失われた30年」を過ごしている間に、新聞は「健全な赤字」と「不健全な赤字」の見分けがつかなくなってしまったようである。
成長フェーズにある企業にとって、資金調達が可能な限り、PL(損益計算書)上の期間損失は大抵の場合、ポジティブなサインだ。やりたいことがあるから金がかかる。それはその会社に「伸びしろ」があることを意味している。
最初から利益が出るビジネスなど、どこにもない。
どんな事業でも、はじめは持ち出しであり、これを先行投資という。新しい事業には、失敗のリスクがある。だが「先行投資なくして成長なし」。それが資本主義の原則だ。そのための資金を用立て、利益が出たら利息をつけて回収するのが金融の役割である。
だが1990年代のバブル崩壊以降、日本の金融機関はリスクを取らなくなった。持たざる者には見向きもせず、持てる者にしか貸さない。バブル崩壊やリーマン・ショックの時、金融機関に資金を引き上げられた恐怖から、事業会社もまた「リスク恐怖症」に陥り、手元に資金を溜め込むようになった。いわゆる「内部留保」の増大である。
目の前に広大なオポチュニティーがあっても、誰もそれを取りに行かない。まるでシャチが怖くて氷の上に佇み、飢えて全滅するペンギンの群れだ。