孫は殊勝に「私自身の投資判断が大いにまずかったと反省している」と語ったが一方で「3ヶ月前に比べ、SBGの株主価値は20.9兆円から22.4兆円に1.4兆円増えている」と独自の株主価値論を展開した。
孫はSVFの運営に時間の大半を割き、グループの事業会社の前線で指揮を執ることはめっきり少なくなっていた。そして、ついに「起業家引退」を宣言する。
2020年2月12日に開かれた2020年3月期第3四半期決算説明会。孫は「潮目が変わった」と業績の反転を強調したが、営業損益はたった26億円の黒字。プレゼンでは、モニターに奇妙な絵が示された。一方から見ると耳の長いウサギ、反対から見ると嘴の長いカモに見える「だまし絵」だ。この絵を指差しながら、孫は語った。
「どちらから見るかによって見え方が変わりますが、いまのSBGは投資会社であり、事業会社ではありません。投資会社であるSBGという会社は営業利益ではなく、株主価値で評価するのが正しい。営業利益は忘れていい数字です」
26億円の営業利益は2兆円超の売上高から見れば、あってないような金額だが、保有する株式の価値は31兆円。ここから6兆円の純有利子負債を引いた株主価値は25兆円。「この数字でSBGを評価してほしい」というのである。
聞き捨てならない発言だった。持株会社であるSBGの下にはソフトバンク(携帯会社)やヤフー(現Zホールディングス)がぶら下がっている。そこで働く社員たちは1億円の営業利益を稼ぎ出すために汗水垂らしているのだ。
質疑応答で私は孫に問うた。
「今この時も、ソフトバンクやヤフーの社員は営業利益を稼ぐために必死に働いているわけです。それを孫さんに、どうでもいい数字と言われたのでは、彼らの立つ瀬がないのではありませんか」
孫は待ち構えていたように言った。
「私もずっと事業会社のトップをやってきた人間ですから、利益の大切さ、それを稼ぐ大変さは身に染みて知っております。しかしSBGは事業会社ではなく投資会社なので、それに相応しい尺度で評価してもらいたい。尺度の問題であってどちらが尊い、という話でもない」
なんだか煙に巻かれたようで納得がいかず、重ねて聞いた。
「ではこれからは孫さんのことを事業家ではなく投資家と呼んでいいですか」
孫はにっこり笑って切り返した。
「事業家が尊くて投資家は胡散臭いというのでは、(世界屈指の投資家)ウォーレン・バフェットの立つ瀬がない」
その後、少し思案すると、孫の顔がパッと明るくなった。