田中の移籍が取り沙汰され始めた2月、渡米した立花が水を向けると、好感触があった。そして三木谷はメジャーで輝かしい戦績を残した田中に相応しい日本球界最高年俸の提示を決意する。
プロだから移籍において契約条件が最優先されるのは当然のこと。だが田中にはもう一つの想いがあった。今年は震災から10年。毎年、被災地を訪れる田中の目から見ても復興はまだ道半ばだ。自分が戻れば東北の人たちの力になれるかもしれない。「そういうことを絶対に忘れない男」と立花は言う。
最後に決め手となったのは東京五輪。コロナで1年延期されたことにより、日本球界に戻れば再び「侍ジャパン」の一員として戦える。自分自身は好投したが、準決勝で韓国、3位決定戦で米国に敗れメダルを逃した北京五輪の悔しさを田中は忘れていなかった。
(第6回後編に続く)
【プロフィール】
大西康之(おおにし・やすゆき)/1965年生まれ、愛知県出身。1988年早大法卒、日本経済新聞社入社。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年4月に独立。『ファースト・ペンギン 楽天・三木谷浩史の挑戦』(日本経済新聞)、『東芝 原子力敗戦』(文藝春秋)など著書多数。最新刊『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(東洋経済新報社)が第43回「講談社 本田靖春ノンフィクション賞」最終候補にノミネート。
※週刊ポスト2021年10月1日号