三木谷が球団の事業本部長として島田の下につけたのが、33歳の小澤隆生。コンピュータシステム会社のCSKを経てネットのオークション・サイトで起業し、この会社を楽天に売って執行役員に収まった男だ。このコンビを見れば三木谷の意図がわかる。三木谷は伝統と既得権でがんじがらめになったプロ野球界で、ベンチャー企業を立ち上げ、それをメジャー球団のように「儲かるビジネス」に育てようとしていたのだ。
島田と小澤はプロ野球界にベンチャー経営の流儀を持ち込み、ものすごいスピードで経営改革を進めた。球場で売るユニフォームやメガホンの原価まで細かく管理し、屋台のメニューにもこだわった。観客動員にはネットの力を存分に使い、いつしか仙台の球場はえんじ色のユニフォームを着たイーグルスファンで埋め尽くされるようになった。
一方、三木谷と同じタイミングでプロ野球に参入した孫の状況は大きく異なっていた。ダイエー創業者の中内功が惜しみなく投資してきた「ホークス」を総額200億円で買収し、2003年日本一、2004年レギュラーシーズン1位(プレーオフで西武に敗れリーグ優勝は逃す)の常勝軍団をそっくりそのまま手に入れたのだ。
バティスタ、松中信彦、城島健司のクリーンアップに、投手は杉内俊哉、和田毅、斉藤和巳、新垣渚の先発4本柱。監督は就任11年目の王貞治、二軍監督に秋山幸二という盤石の体制だ。
ソフトバンクグループの最高財務責任者(CFO)で球団経営を任されている後藤に孫が課すのは、巨人の9連覇を超える10連覇と、独立採算制の徹底だ。球団の赤字を親会社が黙認する球界に染みついた体質から決別しようとする部分は三木谷と同じだが、二軍の球場に最先端のトレーニング設備を導入したり、三軍を作ったりと、金の掛け方はイーグルスの比ではない。
後藤は「本質的利益」という数字を球団経営のKPI(重要評価指標)にしている。球団の営業利益から年俸総額と親会社からの広告費などを差し引いた数字である。
チームが勝てばファンが喜び、結果としてチームの収入も増える。それを実践してきたのがホークスであり、孫である。2015年にリーグ優勝を決めたとき、水中眼鏡をかけてビールかけに加わった孫は興奮しながらこう語っている。
「優勝。これはもう経営なんて関係なしに嬉しいね。もう心の底からバンザーイだ」
口は出さずに金は出す。選手やフロントにとって孫は理想的なオーナーと言える。
三木谷は金も出すが口も出す。2013年のある日、三木谷の本を書いていた筆者は、取材の時間がなかなか取れないので都内を移動する車に同乗した。取材が一段落すると三木谷はスマホを取り出し、イーグルスの試合の中継を見始めた。しばらくすると動画を止め、誰かに電話をし始めた。
「嶋(基宏、現ヤクルト)はミットを動かしすぎだよ。あれじゃピッチャーが投げにくい。メジャーのキャッチャーはあんな構え方しないぞ。どんと構えて動くなって、言っといてくれ」
電話の相手が誰だったかは確認できなかったが、気づいたら言わずにはいられないのが三木谷だ。しかも三木谷には「興味を持ったことをとことん勉強する」という厄介な癖がある。言っていることは大抵の場合、間違っていないので、下手に反論すると最先端の理論でコテンパンにされる。