自民党の新総裁となった岸田文雄氏。彼の経済政策を見ると、安倍晋三前首相の「アベノミクス」の基本を堅持しながら、新自由主義的な政策を転換、規制緩和・構造改革路線から脱却し、中間層への再分配を強化して格差を是正する「新しい日本型資本主義」による「令和版所得倍増計画」を提唱している。だが、そもそも基本となるアベノミクスに問題があるというのは、経営コンサルタントの大前研一氏だ。アベノミクスの何が失敗だったのか、大前氏が分析する。
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アベノミクスの最大の間違いは、「大胆な金融緩和」だ。すでにアメリカとヨーロッパは、金融緩和の縮小(正常化)に向けて舵を切り始めている。
FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)のジェローム・パウエル議長は8月の講演で年内の緩和縮小開始を示唆した。金融関係者はパウエル議長が緩和縮小を予告したら大暴落が起きるのではないかと警戒していたが、そうはならなかった。
FRBに続いてECB(欧州中央銀行)も9月、金融緩和政策を縮小に向けることを決めた。ユーロ圏はワクチン接種が進んで経済活動が急速に活性化しているため、コロナ禍を受けて導入した量的緩和策のペースを下げる方針だ。
もともとFRBとECBは日銀の動きを見ながら後追いで金融緩和策を導入したが、日銀より先に縮小に向かっている。日銀だけが周回遅れになっているわけで、このまま金融緩和を続けていたら日本から資金がどんどん逃げていく。したがって、いま日本も、2%物価目標が未達であっても、縮小に向けた「出口戦略」の準備に入らなければならないが、それこそ大暴落を避けるのは至難の業だろう。
なぜ日本はいくら金融緩和をしても景気が良くならないのか? 「低欲望社会」「少子高齢化」「人口減少」という三つの構造的な問題があるからだ。
たとえばアメリカでは、金融緩和は即、経済成長につながる。その理由は「住宅需要」だ。ほとんどすべてのアメリカ人は「より良い住宅に住みたい」「できれば温暖なサンベルトなどに老後を過ごすための2軒目を持ちたい」と思っている。だから金融緩和で金利が下がれば、多くの人が借金をして住宅を買う。
実際、金融緩和後の住宅着工件数は増え続け、木材価格が急騰して世界中に「ウッドショック」が広がったほどである。住宅産業は土地・建物だけでなく、内装、インテリア、家電製品など裾野が広いので、金融緩和によって住宅需要を拡大させることが最も効果的な景気刺激策になるのだ。
しかし、日本の場合は低欲望社会だから、超低金利になっても、借金のリスクを取って住宅を買う人は全く増えていない。新設住宅着工戸数(持家系)は、2014年度から50万戸台前半で横ばい状態だ。