遺産相続は様々な人に利害関係が絡むだけにトラブルにつながりやすい。それを避けるには遺言書を用意しておくことが望ましいと言われるが、遺言書がない場合、どんなトラブルが起こり得るのだろうか。義父が遺言書を用意しなかったばかりに、住む家を失った60代女性の事例を紹介しよう。
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両親も夫も数年前に他界し、きょうだいも子供もいない私(60才)にとって、唯一の家族は94才の認知症の義父でした。なぜ亡き夫の父と暮らしているのか──実は理由があるんです。いまから4年前、認知症になる少し前の頃、義父がこう言ってくれたのです。
「きみは献身的に妻の介護をし、私の身の回りの世話までしてくれている。もう、息子もいないのに……。感謝しかないよ。私に万が一のことが起きたら、きみはどうかこの家に住み続けてくれ」
義父と私が暮らしていた家は、古いけれど都心の一等地。時価1億円はします。それを売れば、老後も安泰です。私は長男の嫁として、20才でこの家に嫁ぎ、以来嫁として義母の介護など、長年身を粉にして尽くしてきました。そしていまは、寝たきりになった義父の介護に明け暮れる日々。これくらいもらっても罪にはならないでしょう。
ところが、義父が亡くなり、自由の身になった私を待ち受けていたのは、義父の長女と次男、三男からのこの一言でした。
「いつ、あの家を出て行ってくれる? この家はもう私たちのものだから」
脳天を殴られたような衝撃でした。
「私はお義父さんの介護をしてきました。そのお礼に、この家を譲ると言われていたのですが……」
と言ったのですが、
「父には遺言書がないの。だから財産は私たちきょうだいで分割よ。口約束なんて無意味よ。あなた、家賃も払わずに住まわせてもらっていたんでしょ。だったら、世話をするのは当たり前じゃない」
(……そんな、まさか……)
義父の言葉をうのみにして、遺言書の有無を確認していませんでした。てっきり家を相続させてもらえると思ったから……。詰めが甘い私が悪いのでしょうか。いまはアパート暮らしをしつつ、過去を悔やむ毎日です。