そもそも全国区の風習になるには無理があったのでは
正直、自分にとっては、食事はゆっくりと会話をしながら楽しみたいですし、一気に食べるなんて喉が詰まります。なんとなく、次から次におかわりが出てくる「わんこそば」と似たような感覚を抱いています。少食の私は、普段そんなソバの食べ方をしようとは思いませんが、岩手に行った時に同行者が「わんこそば食べようぜ!」なんて言ったら「まぁ、たしかに名物だからね」と旅の思い出として付き合うと思います。同じように、たまたま節分の時期に関西にいた場合は、恵方巻きを食べたかもしれません。
ちなみに私が現在、拠点を構える佐賀県唐津市では、11月2日~4日の「唐津くんち」で「アラ(ハタ科の巨大魚)」を食べるという風習があります。だからといって、「11月2日~4日の3日間のどこかで巨大魚を食べると縁起がいい」なんて風習が全国的に流行するとは到底思えません。
私は元々バレンタインデーも嫌いでしたし(モテない、というのもありましたが……)、土用の丑の日も「ただ混むだけなので、別の日にゆっくり鰻を食べたい」と敬遠していました。イベントごとに乗っかるのは元々苦手なのですが、そもそも恵方巻きが全国区の節分の風習になるというのは無理があったのではないでしょうか。
そりゃあ、節分で売れるものが豆まきで使う福豆だけ、というのは商売人にとってキツいかもしれませんが、だからといって「切ってない太巻きの一気食いを流行らせよう!」という斜め上の路線に行くか? と思うのですよ。さすがに「正月のおせち料理・お雑煮」「クリスマスはケーキとチキン」レベルの大定番を目指したわけではなかったのでしょうが……。
要するに、ゼニの匂いがし過ぎると途端に楽しさが失われ、それでいてネガティブな面が次々と取り沙汰される逆風にさらされるのです。今の恵方巻きはまさに、そんな状態にあるのでしょう。だから今年は廃棄ロスや苛烈ノルマなどの報告がないよう、小売店各社には頑張っていただきたいです。今年も昨年同様のツイッターでの訴えや報道が出たら、とどめを刺されてしまいます。
バレンタインデーも「女性が男性にチョコレートを贈る」という元々の設定が、ジェンダーの観点から問題視されています。恵方巻きとバレンタインデーという2月の2大ビジネス風習が今後どうなるか、今年はその分水嶺になるかもしれません。
【プロフィール】
中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう):1973年生まれ。ネットニュース編集者、ライター。一橋大学卒業後、大手広告会社に入社。企業のPR業務などに携わり2001年に退社。その後は多くのニュースサイトにネットニュース編集者として関わり、2020年8月をもってセミリタイア。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『縁の切り方』(小学館新書)など。最新刊は『炎上するバカさせるバカ 負のネット言論史』(小学館新書)。