「自分の親だけは死ななない」そう信じたがる子供たち
細い路地に戸建てが密集し、周辺には小学校や工場。町内会の回覧板で訃報や引っ越しの知らせがやり取りされる。立てこもり事件が起きた住宅街は昔ながらの住民交流が残る地域にあり、この場所で渡辺容疑者と母親も近隣住民と同じように生活していた。近隣住民が渡辺容疑者の印象を語る。
「近所づきあいはそれほどなかったけれど、自治会費は滞りなく払っていたし、その姿も逮捕されたときとはまったく別人でシャキっとして元気そうに見えました。ただ、インターホンを押すといつも出てくるまで時間がかかっていたので、いま考えればひとり、お母さんのそばを離れずに介護をしていたのだろうなと思います」
殺害された鈴木医師は地域における在宅医療の先駆者として知られ、300人近くの患者を抱える訪問診療のクリニックを運営していた。
「鈴木先生は在宅医療に熱い思いを持ち、患者が最期までその人らしくいられるよう尊重して接していました」
そう語るのは、鈴木医師の知人である在宅医療専門医。在宅医療の会合で数回、鈴木医師と席をともにして、在宅医療の課題について意見交換をしていたという。
「しかしその一方で、『在宅医としてすべての患者や家族に寄り添うのは簡単ではない』といつも悩んでいました。これは私も診療を行っていて強く感じるのですが、各家庭の家族構成や経済事情が異なるし、在宅医や訪問看護師の腕にもバラつきがあるうえ、在宅医療に携わる医師はまだ少なく、一人ひとりにたっぷり時間を割けないという現実がある。
それに加え、最期の時を前にした患者や家族が死を受け入れることは非常に難しいんです。無茶な延命治療を強要し、医師や看護師たちと衝突することがある。また一部とはいえ、医療者を奴隷のように扱う患者や家族も存在して、コミュニケーションを取るのが難しいケースもあります」(前出・在宅医療専門医)