「定年後はどこでどうやって働くのか」という問題に直面するのは、サラリーマンだけでなく公務員も同じ。安定の象徴とも言える公務員の立場から、60歳を境に起業というチャレンジに踏み出し、充実した日々を送っている人がいる。
埼玉県警の警察官だった上野拓さんもその一人だ。58歳で退職した後、会社を起業し、埼玉県川越市にデイサービス施設「KEION」を開設した。
警察官も定年を迎えると、再任用や別の職種での再雇用がある。ほかにも、防犯協会などの公益法人や、損保や生保など民間企業に再就職する道もある。なぜ定年まで勤めて、安定したルートを選ばなかったのか。
「警察官の場合、定年の60歳まで勤めると、退職金が減らされる制度になっています。退職金も大事な運営資金になりますし、60歳を超えてから新しいことを始めようとしても、体力的にも精神的にもつらいだろうなと思ったんですね」
警察官を辞めて上野さんが始めたのは、防音室完備で、楽器演奏ができることをウリにしたデイサービス。部屋の入り口横にはピアノ、奥にはドラムやギター、マイクスタンドが置かれている。利用者は午前9時半から午後4時半まで、昼食やおやつをとりながら、楽器を演奏したり歌ったりして時間を過ごしている。施設の内装は、大部分を自分で手がけたかったので、まだ体力があるうちに始めたかったのも退職の理由の一つだという。
上野さんはなぜ介護業界に挑戦しようと考えたのか。
「約40年間の警察人生で500件を超える孤独死の現場を見てきました。そのほとんどが悲惨な現場で、“なぜこんなことになるんだろう”という気持ちを抱いていたんです。そのなかで、熱中して打ち込めることや社会との関わりがあれば、たとえ一人になったとしても幸福と感じて人生を全うできるのではないかと考えるようになったんです」