福祉に三味線を取り入れたかった
上野さんは警察時代にバンド活動をしていたこともあり、最初はシニア向けのライブハウス経営も考えたというが、「ビルを持っているくらいでないと経営が成り立たない」と断念した。そこで思いついたのが、音楽とデイサービスの融合だったという。
「妻が訪問看護の仕事をしていたこともあって多少のノウハウがありました。楽器を演奏することで足や指を動かすし、脳も使います。料金は国が介護保険で9割負担してくれるし、団塊の世代はビートルズ世代だから、楽器に興味がある人は絶対いる。川越市には対象の高齢者が9万5000人いるから、その0.1%でいい。95人が通ってくれれば事業として成り立つと考えました」
物件探しを始めて、2020年秋に現在の施設を契約した。ただ、介護保険に対応したデイサービスを始めるには、看護士が常駐している必要がある。内装工事を始めながらSNSで募集したところ、大学の看護学科の教員で三味線の達人が雇ってくれとやってきた。
「以前から、福祉に三味線を取り入れたいと考えていたと。名取と言うだけあって、うまいのなんの。工事の職人さんも、こんなところで津軽三味線を生で聴けるなんてと大喜びしていた。彼もやりがいを感じたのか、翌日には、『職場に辞めると伝えた』と言うんです。妻子持ちなんだから、よく考えたほうがいいよって言ったんだけどね」
2021年7月にオープンし、11月まで利用者は倍々に増えた。しかし、コロナの第6波の影響で、今年1月から急減し、現在の契約者は平均して20人弱。経営は安泰ではない。
「お金はあるに越したことはないけど、幸せっていうのは、何か熱中できるものを持っているってことでしょ。それが社会貢献や人のためになるなら、なおさら幸福感は高まると思うんです」
音楽デイサービスは第1弾で、夢をかなえるデイサービスの構想はまだまだあるという。
写真提供/上野拓さん
※週刊ポスト2022年4月8・15日号