相続においては、借金や未払い金など“マイナスの財産”を受け継いでしまう可能性もある。そういった背景から、「相続放棄」を選ぶ人もいる。
受け取るはずの財産を放棄する相続放棄では、金銭的に得するケースは少ない。しかし、プラスの財産を相続するより、すべて放棄した方がいい場合もある。理由は相続による心理的負担だ。夢相続代表の曽根恵子さんが言う。
「会ったこともない人と遺産協議することを嫌い“知らない人とかかわりたくない”と相続放棄するケースが多い。遠い親戚の遺産を相続する権利があると突然知らされて“知らない人の遺産はもらえない”と相続放棄することはよくあります」
骨肉の争いを避けたい、との思いからの放棄もある。
福岡県在住の榎本知子さん(60才・仮名)は兄2人と妹の4人きょうだい。両親の死後、両親と同じ敷地内に家を建てて住む長男と、両親と同居する次男が不動産の相続をめぐって不穏な関係になった。
「長男は両親の不動産をすべて抵当に入れていて、両親と住む自宅の相続を主張する次男と揉めました。金融資産がほとんどなく、私と妹は不動産の分割を要求できたけれど、身内で争いたくなかったので早々に相続放棄しました。金銭的には何も得られなかったものの、長く揉めることを考えると賢明な判断だったはずです」(榎本さん)
群馬県の里中恵子さん(55才・仮名)は相続放棄が新たな人生の第一歩となった。再婚した夫が3年前に急逝し、里中さんと夫の妹が相続人になったのだ。
里中さんは義妹とは昔から折り合いが悪く「なんで兄はこんな人と再婚したのかしらね」と嫌みばかり言われてきた。それまで夫は賃貸暮らしで不動産を所有せず、遺産は300万円ほどの預貯金のみ。わずかな現金を受け取るより義妹と縁を切ろうと考え、相続放棄を決意した。里中さんが笑顔でこう言う。
「遺産をもらえなかった後悔より、義妹と縁が切れたおかげで心が晴れやかになりました。“損して得取れ”ということですね」