「ゴールドラッシュ」は棚ぼただった
圧倒的多数のアメリカ人がそう判断した理由は、アラスカが農畜産業に向かない土地の上、金鉱についての情報が十分伝わっていなかったからと考えられる。それでは、ロシア側が急ぎ手放したかたかった理由は何か。
これについてはロシア国営系ウェブメディア『RUSSIA BEYOND』に興味深い記事がある。「帝国がアラスカを売却したワケ」(2014年4月4日付)と題された同記事は、冒頭で〈アメリカは購入後わずか50年で、この土地から100倍もの利益を獲得した〉と記し、ロシアによるアラスカ経営開始から売却に至るまでの経緯をまとめている。
それによると、ロシアはアラスカを売却する前、「露米会社」という独占企業をつくって権益をほしいままにしていた。ところがその後、会社を海軍将校たちに託したところ、毛皮目当てにラッコを乱獲、反発する先住民を武力で抑え込むなど、目先の収益にばかり走り、経営を傾かせてしまったのだという。
そして、ロシアが英、仏、オスマン帝国の同盟軍を相手に戦ったクリミア戦争が勃発する(1853-1856)。イギリスとの関係が悪化し、イギリスさえその気になれば、いつでもアラスカを奪取できる状況にあった。ロシアは面目丸つぶれとなる前に次善の策を選び、関係が良好だったアメリカに買い取りを持ち掛けたのである。
しかし、実際にアラスカの売却条約が両国で調印されたのは、それから10年余り後だった。アメリカ側に買い急ぐ必要はなく、1857年中に契約直前までいきながら、内戦(南北戦争)勃発によって延び延びとなり、1867年になってようやく買い取り成立となった。
19世紀末に訪れたアラスカのゴールドラッシュは想定内というより、棚ぼたに近かった。アメリカ政府がアラスカを購入した理由は、地下資源への期待より、戦略的な思惑の方が強い。幕末、ペリー提督を日本へ派遣したのと同じく、今後の成長が期待される環太平洋経済圏を視野に入れての判断だった。
【プロフィール】
島崎晋(しまざき・すすむ)/1963年、東京生まれ。歴史作家。立教大学文学部史学科卒。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て現在は作家として活動している。『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『いっきにわかる! 世界史のミカタ』(辰巳出版)など著書多数。近著に『鎌倉殿と呪術 怨霊と怪異の幕府成立史』(ワニブックス)、最新刊に 『ロシアの歴史 この大国は何を望んでいるのか?』(じっぴコンパクト新書)がある。