「上司」ではなく「トレーナー」に
たとえば、私がいた頃のマッキンゼーでは上司の仕事の時間の15%くらいを部下の評価に使っていた。また、採用シーズンは一流大学に社員が出向いてパーティーを開き、成績優秀な人材を1本釣りする。そのように吟味して採用した人材でも、毎年20%くらい解雇される。それが本当のジョブ型なのだ。
つまり、新卒者を大量一括採用し、年功序列で役職と賃金が上がっていくシステムと中身のない人事評価のままでは、ジョブ型にはなり得ないのである。
また、多くの日本企業はオフィスの机の配置が昔ながらの「島」で、その端に課長や係長、窓際に部長や役員の席がある監視型社会だ。その結果、年功序列で昇進した“分別のある”上司や管理職が若手を具体的に引っ張っていけず、成長の妨げにもなっている。
いま私はスマホベースのスタートアップ企業を研究しているが、どの会社も20代・30代の若手が中核で、オフィスはフリーアドレスだ。先日視察した会社は、階段状の空間で社員たちが思い思いの席に座り、仕事や打ち合わせをしていた。従来の日本企業のピラミッド型組織とは無縁のフラットな組織で、社員に求められるのは成果だけである。
上司は「上から司る」と書くが、いま上司に求められているのは、スポーツ界における「トレーナー」の役割だ。アスリート(社員)がベストパフォーマンスを発揮できるように、どこを鍛え、どう能力を伸ばしていくか、ということを一緒に考えるのである。これからの上司・先輩社員は、ピラミッド型組織の慣行や分別を部下に押しつけるのではなく、若手が活躍できるように支援するトレーナーになるべきなのだ。21世紀型教育で、学校の教師が上から答えを教える「先生」ではなく、児童・生徒の学びを支援する「ファシリテーター(促進者)」にならねばならないのと同様だ。
一方で、ジョブ型の広がりを受け、厚生労働省が全企業に対して将来の勤務地や仕事の内容を全従業員に明示するよう求めていく方針だと報じられた(日本経済新聞/8月31日付)。その発想自体、ジョブ型に対する無理解を示している。新型コロナ禍で進んだ在宅勤務とジョブ型組織を混同しているだけでなく、いかにファシリテートするか、という課題にも無頓着だ。
強固なピラミッド型組織で、政治家に過重労働をさせられて“強制労働省”になっている役所が企業を指導するのは笑止千万である。隗より始めていただきたい。
【プロフィール】
大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊『大前研一 世界の潮流2022-23スペシャル』(プレジデント社刊)など著書多数。
※週刊ポスト2022年10月21日号