才能と遺伝に関する研究が話題になったが、学力と遺伝にはどれぐらいの関係があるのだろうか。『中学受験 やってはいけない塾選び』(青春出版社)などの著書があるノンフィクションライターの杉浦由美子氏がレポートする「中学受験家庭を悩ませる、遺伝と学力の関係」の第3回。【全6回。第1回から読む】
* * *
「遺伝が学力に影響をする」──それは多くの人がうすうす感じていたことだろうが、口にしてはいけないことだったのはなぜか。
それは差別につながるし、ひいては教育の意味がなくなってしまうと考えられたからだ。遺伝の知能への影響について論じた内容などが話題となった『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(橘玲、新潮新書)の中で、1960年代から1970年前後にかけてアメリカで起きた、こんな騒動が紹介されている。
黒人差別を禁じた公民権法が成立すると、民主党政権は「ヘッドスタート」という貧困層の子どもの教育支援プログラムを始めたが、その効果は想定よりも下回っていた。アメリカの教育心理学者アーサー・ジョンセンは、1969年に発表した論文で、次のように考察している。まず、知能を記憶力(レベルI)、概念理解(レベルII)に分け、レベルIの知能はすべての人種に共有されているが、レベルIIの知能は白人とアジア系が黒人やヒスパニックより高いとし、その知能は遺伝率が8割で、親から子どもへと受け継がれるもので先天的に決まってしまうと分析した。だから、黒人やヒスパニックが多く含まれる貧困層への「ヘッドスタート」は教育効果が出にくいのだと結論づけた。これを「黒人の子どもは遺伝的に知能が低いから、幼児教育に意味はない」という内容と捉えた人たちから批判が起き、大きな騒動になった。
つまり、「先天的な知能で学力が決まるのであれば、勉強に向いていない子には教育を施さなくてもいい」という発想が生まれてきかねないということだ。
「うちは大手塾でついていけなくなった子たちの受け皿」
中学受験を取材していると、「遺伝は学力に影響をする」どころか「遺伝で学力は決まる」とまで言い切るような言説に触れることがある。
中学受験を描いた人気漫画『二月の勝者』(高瀬志帆・小学館)の中で、ヒロインの新人講師が先輩たちに「なぜ同じ塾で教室ごとに合格実績が違うのか」と訊くシーンがある。それに対し先輩講師たちは「運」と答える。そしてベテランの講師がこう続ける。「『たまたますごく地頭のいい子がうちの門を叩いた』というだけ」。ヒロインの勤務先は桜花ゼミナールという中堅塾でいくつかの教室がある。どの教室でも同じ内容を教え、同じサービスを提供しているのに差が出たら、それは生徒の「地頭」に差がある、という理屈だろう。