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14季ぶり優勝と「チケット収入150%増」「スポンサー収入140%増」を同時達成 東芝ブレイブルーパス東京・荒岡義和社長が見据える“世界有数のラグビークラブ”への道筋

ファンクラブ会員は“家族”として試合会場の主役に(写真提供:東芝ブレイブルーパス東京)

ファンクラブ会員は“家族”として試合会場の主役に(写真提供:東芝ブレイブルーパス東京)

 今年5月、東芝ブレイブルーパス東京の劇的優勝で3季目を終えたラグビー「リーグワン」。2015W杯イングランド大会でのジャイアントキリング(南アフリカに勝利)、自国開催を成功させベスト8に進出した2019W杯日本大会を経て、進化を続ける日本ラグビーだが、その実力や人気は定着したのか。今後、ラグビーのプロ化(ビジネス化)は成功するのか。そうした問いを考えるうえでキーマンとなるのが、リーグ内でもわずかな例しかないクラブの「独立事業会社化」で誕生したラグビークラブ・東芝ブレイブルーパス東京(BL東京)の荒岡義和社長だ。

日本のラグビーはビジネスとして「黎明期」にあると指摘する東芝ブレイブルーパス東京の荒岡義和社長(撮影:五十嵐美弥)

日本のラグビーはビジネスとして「黎明期」にあると指摘する東芝ブレイブルーパス東京の荒岡義和社長(撮影:五十嵐美弥)

 ラグビーは未経験の“門外漢”から社長に抜擢された荒岡氏だったが、ほろ苦さとともに終えたリーグ初年度はコロナ禍で集客に苦戦し、実質的に3300万円の赤字となった──。ゼロからのスタートで今季(2023年12月〜2024年5月)14季ぶりの日本一に輝いた荒岡社長の挑戦を、フリーライターの池田道大氏がリポートする。【前後編の後編。前編を読む

“家族”であるファンクラブ会員をホストゲーム会場の主役に

 ビジネスでもリーグのトップになる──そう誓って迎えた2年目のシーズン、荒岡社長の逆襲が始まった。

 そもそもラグビービジネスの収益構造の大きな柱は、「チケット収入」と「スポンサー収入」だ。リーグワンでは、それまで日本ラグビーフットボール協会にあった「主管権(試合を運営する権利)」を各チームが持ち、ホストチームはチケット発売を含めた試合の運営、ホストエリアでの普及活動などを義務付けられる代わりに、チケット収入を得ることができる。また、リーグのスポンサーとは別に各チームにスポンサーをつけることができ、協賛金はまるごとチームの収益になる。

 お客さんにスタジアムまで足を運んでもらうため、BL東京はホストゲームで様々なファンサービスを催した。ファンをチームの“家族”として受け入れ、試合を観に来てくれたファンクラブ会員を選手全員で見送る「ファミリーロード」でファンを主役にした。

試合後にファンクラブ会員を選手全員で見送る「ファミリーロード」(写真提供:東芝ブレイブルーパス東京)

試合後にファンクラブ会員を選手全員で見送る「ファミリーロード」(写真提供:東芝ブレイブルーパス東京)

 さらにピッチ上で選手がぶつかって骨がきしむ音や仲間に指示を出す声を高性能マイクで拾い、巨大スピーカーで観客に届ける「リアル・グラウンド・サウンドシステム」でラグビーの激しさを伝え、メンバー外選手が解説する特別観戦席「ルーパスホスピタリティラウンジ」で観客を接待した。

プロの興行である以上、無料招待で客席を埋めては維持できない

 ファンが喜ぶ様々な仕掛けを施すなかでこだわったのは「有料入場者数」を増やすことだ。

「観客数が増えても無料招待が多ければチームの収益にはなりません。もちろん子供たちがラグビーに触れたり、次回から有料でリピーターとして定着してもらえるなどの戦略があればいいですが、ただ客席を埋めるために無料招待を配っていてはダメ。リーグワンは企業スポーツではなくプロの興行なので、お金を払って見に来てもらうことが根付かないとビジネスを維持できないんです」

 目標を明確にした営業努力の結果、1年目に約4300人、2年目に5993人だったホストゲームの平均入場者数は今季1万45人と大幅に増えた。だが前述の通り、ラグビーは試合数が圧倒的に少なく、チケット収入だけでは試合にかかるコストをペイできない。そこで荒岡社長が打ち出したのが「収益構造の多角化」である。

「まずは東芝のグループ企業やその取引先、地元企業や外資系企業などを回ってスポンサーを募り、練習見学や特別イベントなど様々な特典をつけてファンクラブの会員を増やしました。

 元日本代表の大野均アンバサダーがプロデュースした日本酒と焼酎などオリジナルのグッズ収入も好調で、今季はリッチー・モウンガ選手(*注/ニュージーランド代表、後述)の名前が入ったタオルが一番人気でした。さらに小中学生を対象にしたラグビー塾やジュニアラグビークラブの支援といったアカデミーの活動もクラブの収入源になりました」

小中学生対象のラグビー塾やジュニアクラブを支援するアカデミー活動も盛んに(写真提供:東芝ブレイブルーパス東京)

小中学生対象のラグビー塾やジュニアクラブを支援するアカデミー活動も盛んに(写真提供:東芝ブレイブルーパス東京)

NZ代表2選手の獲得、リーチ マイケルのキャプテン復帰でチーム強化に成功

 もちろん、チームが強くなければファンの輪は広がらない。5位に終わるも手応えを掴んだ2年目を経て臨んだ3年目、ブレイブルーパスは2023年のラグビーワールドカップに出場した現役バリバリのニュージーランド代表であるリッチー・モウンガ、シャノン・フリゼルの2選手と複数年契約を結んだ。さらに、めったに強化の現場に口を出さない荒岡社長の「介入」により、日本の至宝であるリーチ マイケルが10季ぶりにキャプテンに復帰した。

「オールブラックスの主力である2人が助っ人感覚ではなく、複数年契約をしてチームを一緒に作り上げる意識で参加してくれました。モウンガは全体練習の後にも黙々とキック練習に明け暮れて、世界的スターがそれだけ努力する姿を見たら他の選手は“俺もやらなきゃ”と背中を押されますよね。リーチは経験豊富な日本ラグビー界のスーパースターで、ブレイブルーパスの若い選手が、リーチが元気なうちに彼の考えやプレーを引き継ぐかたちにしたほうがいいとチームに提言しました。今季の優勝は、彼らの活躍が大きな要因でした」

キャプテン復帰のリーチ マイケル、NZ代表モウンガらの存在が優勝を引き寄せた(写真提供:東芝ブレイブルーパス東京)

キャプテン復帰のリーチ マイケル、NZ代表モウンガらの存在が優勝を引き寄せた(写真提供:東芝ブレイブルーパス東京)

 勝ち方を知るワールドクラスの選手の加入と精神的支柱の献身、さらにはベテランと若手の融合で歯車がガッチリとかみ合ったチームは開幕から好調を維持し、リーグ戦を2位で通過した。続くプレーオフの準決勝で宿敵サンゴリアスを下し、決勝ではリーグ戦で唯一、勝ち星を逃していたワイルドナイツを大接戦の末に破ってチャンピオンの座に輝いた。

 ラグビーの門外漢だった荒岡社長は、分社化で退路を断った事業面でも結果を出した。今季のBL東京の事業売上高は目標の5億円を突破する6億2400万円。チケット収入は2億400万円で前年比151%、スポンサー料は2億8400万円で前年比140%増を記録し、1年目は60社だったスポンサーは約140社に達し、ファンクラブ会員は1万人を超えた。公式データではないが、事業売上高6億円は他クラブを上回るとされる。

 それでも、すっかりラグビーの虜になった荒岡社長は満足してはいない。

「BL東京の目標は日本一ではなく、世界有数のラグビークラブになることです。メジャーリーグだったらニューヨーク・ヤンキース、サッカーならFCバルセロナのように、海外の人からも『日本のラグビーはブレイブルーパスだね』と言ってもらえるユニークなクラブになりたい。そのためにもしっかりと事業の収益化をやり遂げて、数年以内に事業売上高を10億円まで持っていくつもりです」

 ラグビーを主要コンテンツとする新規事業で稼ぐ──楕円球に魅せられた門外漢の挑戦が続く。

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【プロフィール】
荒岡義和(あらおか・よしかず)/1965年、新潟県生まれ。東芝入社後、主に社会インフラ事業の営業畑を歩む。2021年4月、東芝インフラシステムズ中部支社長より、東芝ラグビー新リーグ参入準備室に室長として異動。同8月より東芝ブレイブルーパス東京株式会社代表取締役社長。

取材・文/池田道大(フリーライター)

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