お酒はいつ飲んでもいいものだが、昼から飲むお酒にはまた格別の味わいがある――。ライター・作家の大竹聡氏が、昼飲みの魅力と醍醐味を綴る連載コラム「昼酒御免!」。今回は思い出深き街で、明るいうちから本格的なカクテルを楽しむ。【連載第3回】
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10月の、ある日の午後のことである。生業の定かでない一人の男が、吉祥寺駅で電車を降りた。風体から見て、還暦を過ぎている。
ああ、酒が飲みてえなあ~。
心の中で言ったつもりだったが、どうやら声に出ていたらしい。すれ違った子連れの若いママさんが、ひぇっと叫んで声を飲んだ。おっと、いけねえ。思いがこぼれちまったぜ……。そうです、つぶやいたのは、私です。
ときは10月半ば。お天気は曇り。ときどき、霧のように細かい雨が降っていた。当初、井の頭池の畔で缶ビールを飲もうと思っていた。池の南側に向けて15分も歩いたところに、幼稚園から高校までの学園がある。私はそこの幼稚園の卒園生である。園児であったのはざっと55年ほど前のことになるが、今もこのあたりを歩きたくなるのは、幼稚園から井の頭の森まで、弁当をさげてよく歩いたからだろう。特に、この日のように、湿気を含んだ森の匂いがする日には、ぶらぶら歩きたいのだ。
あの頃と違うのは、15分も歩くと、ああ、酒が飲みてえ、と口に出してしまうことだ。
「いせや」の前でもつ焼きの煙に吸い寄せられるが、そこを通り過ぎる。この頃ようやく少し涼しくなって、冷たいビールをぐいぐいと飲みたい欲求はさほど強くないのだ。けれど、少し歩くとすぐに喉が渇くのも年齢のせいか、日々飲み過ぎによる水分不足か。まあ、そんなこたぁ、どうでもよくて、このとき私の頭にあったのは、一杯のジンフィズだ。
吉祥寺通りを北へ向かい、東急デパートの前にさしかかる。ここのレストラン街の蕎麦屋で一杯というのも悪くないのだが、もう、午後の休憩だろう。そこは神田の名店の支店で、デパートの中の店なのに昼から蕎麦屋酒を楽しむ人も少なくない。いい店なんだな。この界隈の昼酒好きなら、みんな知っているだろう。いずれ、当企画でも来ようと決意し、さらに少し先の右手のビルの階段を上がる。
「Bar WOODY」は3階だ。