日本製鉄のUSスチール買収は、高校時代の恋人同士が半世紀の時を経て結ばれるようなものだった(イラスト/井川泰年)
日本製鉄のUSスチール買収問題について、トランプ大統領は石破茂・首相との対談後、「他国に買わせるつもりはない」と改めて買収を拒否している。はたして日本製鉄の経営陣は、この問題にどう対峙していくのが正解なのか。経営コンサルタントの大前研一氏が「もし私が日鉄のトップだったらどうするか?」をシミュレーションする。
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「トランプ2.0」(第2次トランプ政権)が始動した。
トランプ大統領は、就任初日に地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」とWHO(世界保健機関)からの脱退をはじめ、政府が認める性別は男性と女性の2つの性のみにする、「メキシコ湾」を「アメリカ湾」に名称変更する──など26の大統領令に署名した。
その“激震”は日米関係にも及び、懸案の日本製鉄によるUSスチール買収問題については、石破茂首相との初会談後に「買収ではなく、多額の投資を行なうことで合意した」と述べた。さらに「企業への投資はかまわない。しかし、USスチールは世界一の企業だった。それを他国に買わせるつもりはない」「誰もUSスチールの株式の過半数を持つことはできない」と買収は認めない考えを示した。
改めてこの問題の経緯を振り返ってみよう。
日鉄は2023年12月、業績低迷で身売りせざるを得なくなったUSスチールを両社の合意により141億ドル(約2兆円)で買収すると発表した。日鉄がUSスチールの1株を40%のプレミア付きの55ドルで取得するという内容だ。
これにUSスチールの売却入札で日鉄に負けた米クリーブランド・クリフスと同社所属の組合員が多数派を占める全米鉄鋼労組(USW)が反発し、それを受けてバイデン大統領(当時)が「我が国の安全保障と重要なサプライチェーンにリスクをもたらす」として買収中止命令を出した。こうした官民一体の反動に対し、日鉄とUSスチールが中止命令の無効を求めて米政府を提訴したのである。
だが、そもそもこれはいわば日鉄とUSスチールが「相思相愛」になった上での“結婚=救済”案である。それに対し“親”にあたる米政府がしゃしゃり出てきて反対したわけで、買収不成立となれば日鉄には5億6500万ドル(約880億円)の違約金を支払う義務が生じる可能性があるというが、“婚約破棄”したのは先方の“親”だから、訴訟を起こせば支払わずに済むのではないかと思う。
その一方で、日鉄の米政府に対する訴訟は勝ち目がないだろう。トランプ大統領が元不倫相手への口止め料を不正処理したとされる事件で有罪評決を受けながら禁錮や罰金などの刑罰を科されずに事実上“逃げ切り”となったことでもわかるように、今のアメリカでは正義が勝たず、声の大きいほうが勝つからだ。
では、今回のトランプ大統領の発言を受けて、もし私が日鉄のトップだったらどうするか?
本稿執筆時点では、日鉄側の判断は不明だが、当面は先方の意向に従わざるを得ないから、日鉄はUSスチール株の49%を保有し、残りの49%はアメリカのファンド、2%はUSスチールに預ける。そして3〜5年後にファンドの49%を買い、USスチールの2%はスクイーズアウト(少数の株主や特定の株主から、大株主が強制的に株式を取得する手法)で取得して、完全子会社化する。このスキームがベストだろう。