資本主義の弊害が深刻化する中で、それに代わる経済社会システムの候補となるものは何か。経済アナリスト・森永卓郎氏が、話題書『消費ミニマリズムの倫理と脱資本主義の精神』(橋本努・著/筑摩書房)を読み解き、ミニマリズムの可能性について論じる。
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地球環境の破壊や許容限度を超える格差の拡大など、資本主義の弊害が深刻化している。多くの人が、資本主義に代わる経済社会システムが必要だと感じているのだが、問題はポスト資本主義の具体的なビジョンが定まっていないことだ。そのなかで、著者は「ミニマリズム」が一つの答えになるとして、ミニマリズムを徹底分析している。ミニマリズムというのは、モノへの執着を捨て、シンプルな暮らしをするという行動規範だ。
本書は学術書であるが、通常の学術書と比べてはるかに読みやすい。それは、著者の引用が、論文や書籍だけでなく、雑誌やネットのブログにまで及んでいるからだ。しかもサーベイの分量は驚くほど多い。著者がミニマリズムに並々ならぬ関心を持ってきた証拠だ。
それらを読んで一番感じるのは、ミニマリズムの多様性だ。私自身も、ポスト資本主義はミニマリズムだと考えていたが、それは東京の否定と同義だった。高い生活費や流行を追いかける生活から逃れ、自然豊かなところで人間らしい暮らしをするには、脱東京しかないと考えてきたのだ。しかし、必ずしもそうではないことを本書は教えてくれた。
ミニマリズムが浸透してきた大きな要因として、著者はスマホの普及を挙げる。スマホが1台あれば、テレビも、カメラも、パソコンも、楽器も要らない。だから家は小さくてよい。そうなれば大都市の高家賃も耐えられるのだ。
もちろん著者は田舎暮らしを否定しているわけではない。高い生活コストを賄うために無理をして働き続ける暮らしを否定しているだけだ。
今後起きる日本経済の転落や公的年金給付額の大幅カットのなかでは、好むと好まずにかかわらず、ミニマリズムが拡大していくだろう。それどころかコロナ禍で収入が減った学生はすでに実践している。その意味で、本書は日本の未来を予測する基礎としてだけでなく、我々の人生設計を行う上でもきわめて重要な情報をもたらしてくれる貴重な本だ。
※週刊ポスト2021年8月13日号