人は常に合理的な行動をとるとは限らず、時に説明のつかない行動に出るもの。そんな“ありのままの人間”が動かす経済や金融の実態を読み解くのが「行動経済学」だ。今起きている旬なニュースを切り取り、その背景や人々の心理を、行動経済学の第一人者である法政大学大学院教授・真壁昭夫氏が解説するシリーズ「行動経済学で読み解く金融市場の今」。第29回は、日本株の行方を左右する米中の「悪材料」について。
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9月に入って3万円台を回復した日経平均株価は、岸田政権の誕生と軌を一にするかのように下落に転じた。内閣支持率が過去最低の水準だった菅政権の次に「変化よりも安定」を選んだ結果、「変化」を好む海外投資家の“失望売り”を招いたことが大きいが、株安の要因はそれだけではない。世界中がコロナ禍からようやく立ち直ろうとした矢先、中国をはじめ海外では「悪材料」が噴出しているのだ。
その筆頭が、中国の不動産大手・中国恒大集団の債務問題だろう。これまで中国は、経済成長を図るため不動産価格を意図的に急騰させ、バブルを形成してきた。その結果、不動産投資はGDP(国内総生産)の2割程度を占めるまでに膨張。借り入れに依存した結果、中国恒大は約33兆円(名目GDPの約2%に相当)もの巨額の負債を抱えることとなった。膨らんだ借金を返済できないデフォルト(債務不履行)リスクが高まっているのだ。
問題はそれだけにとどまらない。巨額の負債を抱える同社の破綻が現実のものとなれば、その影響は中国国内のみならず海外の金融市場にも多大な影響を及ぼす可能性がある。2008年に世界的金融危機を招いた「リーマン・ショック」になぞらえて、“中国版リーマン・ショック”の危険性を指摘する専門家もいる。
現時点では、同社の利払いをどうにかしのぐ延命策が取られているが、中国共産党を率いる習近平政権の姿勢からは、同社が救済されない可能性も排除できない。何より中国では貧富の差が拡大しており、習政権は格差是正に向けて「共同富裕」の方針を掲げたばかり。ここで同社の救済に乗り出せば、世論の共産党指導部批判は一段と激化する恐れがある。そのため、経済成長が鈍化するリスクがあってもあえて同社を救済せず、中国人民の不満を抑え込むことができれば、むしろ習政権にとってはプラスに働くかもしれないのだ。
ただ、そうなると、習政権が国内世論の批判をかわした代償として、世界経済には無視できない下押し圧力がかかる恐れがある。いずれにしても、世界経済を揺るがしかねない問題であることに変わりはなく、その行方は注視しておく必要がある。