2月に発表された楽天グループの決算は過去最大の赤字となった。グループ全体の収益を圧迫するのが楽天モバイルだ。さらに元部長らが関与した詐欺事件による巨額損失が出るなど携帯事業は苦境続きだが、三木谷浩史社長は“一発大逆転”を懸けて、世界最大の通信の祭典へと飛び立った──。激動の3日間にジャーナリスト・大西康之氏が密着した(文中敬称略)。
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2023年2月27日、スペイン・バルセロナで世界最大の通信ビジネス国際見本市「モバイル・ワールド・コングレス(MWC)」が始まった。
会場のフィラ・デ・バルセロナは広大な敷地に巨大なホールが立ち並ぶ。世界200か国から6万人近い通信事業関係者が集まり、最先端のテクノロジーを競う。
午前11時15分、楽天グループ会長兼社長の三木谷浩史を乗せた黒いベンツが滑り込んできた。初日ということもあり、入り口は黒塗りの車でごった返し、三木谷の到着は予定より少し遅れた。
そんな三木谷を出迎えたのは、2022年にグローバルセールス・マーケティング統括として楽天モバイルに加わったラビー・ダブーシ。米通信大手シスコシステムズの幹部でスマートシティ戦略を推進してきた。
シスコ中興の祖ジョン・チェンバースの懐刀だったが、彼が引退する時、かつて同僚だった楽天グループ副社長、平井康文の誘いで移籍した。名優ユル・ブリンナーのような風貌で、世界の通信業界で彼の顔を知らない者はいない。
猛烈に進む三木谷とダブーシの後ろを楽天グループの広報担当者と三木谷の秘書が駆け足で追いかける。突然、三木谷が振り向く。
「えっと、これから会うCFOのファーストネームはなんだっけ」
「こちらです」
すかさず広報がファイルを渡す。
「これ、なんて読むの?」
欧州の携帯電話大手のCFOだ。楽天モバイルのブースに到着すると、楽天モバイルCEOのタレック・アミンと米国社長のアジータ・アルバニが待ち構えていた。アミンはヨルダン出身で米国・インドの通信大手を渡り歩き、「携帯電話ネットワークの完全仮想化」という画期的なアイデアを携えて2018年に楽天入り。アルバニは携帯大手ノキアでイノベーション事業の担当だった。
4人は一言二言、言葉をかわすと、顧客が待つブースの会議室に入った。
「お待たせして申し訳ない。車がものすごく混んでしまって」
三木谷は流れるような英語で商談を始めた。
この日、三木谷は夕方の6時までぶっ通しで5件の商談をこなした。その後、アミンら幹部と1時間ほどミーティングし、顧客の接待に出かける。夜はディナーも2件。そこから、仲のいい欧州の大物起業家と深夜まで痛飲した。