日本の電機産業はなぜ凋落したのか──。話題書『日本の電機産業はなぜ凋落したのか 体験的考察から見えた五つの大罪』(桂幹・著/集英社新書)を、経済アナリスト・森永卓郎氏が読み解く。以下、森永氏の書評を紹介する。
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かつて日本の輸出は、自動車と電機の両巨頭に支えられていた。自動車はいまでも頑張っているが、昨年の電気機械は輸出入がほぼ拮抗して、もはや外貨を稼げる産業ではなくなっている。なぜ日本の電機産業は凋落したのか。1985年のプラザ合意後に起きた急激な円高が原因であることは、これまでも指摘されてきた。しかし、円高の影響を受けたのは自動車産業も同じだから、原因の全てではないことは明らかだ。
著者は本書で、日米のTDKで働いてきた経験を踏まえて、凋落の謎解きをしている。著者が指摘する凋落の原因は、プラザ合意の円高に加えて、【1】品質による差別化が困難になるデジタル化、【2】他国は日本に追い付けないと思い込んだ慢心、【3】経営層やエリートを守って、現場をリストラする中途半端な日本型雇用改革、【4】明確なビジョンを示せなかった日本の組織という4つを挙げている。
いずれの指摘も、現場経験だけが持つ迫力に満ちていて、とても説得力がある。例えば、カセットテープの音質だ。私も70年代のオーディオブームに踊った口なのでよく分かるのだが、ノーマルよりハイポジ、それよりメタルと、高級になるほど明らかに音質がよかった。だから、大事な録音には、なけなしの小遣いをはたいてメタルテープを買った。
ところが記録メディアがCD-Rに代わると、0と1で記録する世界だから、品質差がなくなってしまう。だから、デジタル化の過程で台湾や韓国があっという間に日本に追い付き、追い抜いて行った。
雇用面でも、苦し紛れに現場をリストラするアメリカ型に変える一方で、経営層やエリート層は、既得権にしがみついて、日本型を死守した。
本書は、著者が初めて執筆した書籍だというが、文章に無駄がなく、表現力も高いので、どんどん読み進めることができる。電機の産業史だけでなく、デジタル化が進む他の製造業の経営に対しても、重要な示唆を与える経営学の名著だと思う。
※週刊ポスト2023年4月28日号