会社に行くのが怖くなりひきこもり生活が始まった
「就職事情については、『現役で進学していたら、まだマシだったのかな』と思ったことは正直何度もあります。大学のランクもですし、時期的にも……。父を恨みましたし、僕の味方をしてくれない母にも不満がありました。
もちろん、僕が自分の意思をきちんと伝えなかったのが悪い、という話でもあるのですが、そんなの言える環境ではまったくなかったんです。家のなかで常時パワハラされているようなものなんですから。“ブラック企業”という言葉がありますが、僕の家は完全に“ブラック家庭”でした。
氷河期でも就職できたのはラッキーでした。ただ、上司が完全に父親みたいな人でした。ちょっとしたミスでキレたり、自分の指示通りにしないと、厳しく叱責するのです。
例えば、エクセルのマスの幅や高さが、0.1違うだけで夜中に電話がかかってきたり、メールの文面も『お前そんなんでやっていけると思ってるの???』みたいな感じ。会社に行くのが怖くなり、上司のことを考えると、心臓がバクバクしました」
メンタルに不調をきたし、退職したケンジさんは自室にこもりがちになった。部屋着は何か月も同じもの、風呂は10日に1回など不衛生な環境で暮らしていたという。生活はどうしていたのか。
「母がなんでも言うことを聞いてくれました。母のクレジットカードが登録されている通販サイトには自由にアクセスさせてもらえましたし、食事は作って部屋の前に置いておいてくれました。
金銭の心配がなく、生活に不自由さがなかったのも、ひきこもっていられる理由だったと思います。3日外に出ない生活を続けると、もう社会についていけない、と考えるようになります。そのまま1か月、半年、1年と過ぎたら、10年、20年もあっという間です。ネットがあれば、余裕で部屋のなかだけで過ごせますから」
ひきこもり初期こそ「働け!」「追い出すぞ!」などと怒鳴りつけてきた父親だったが、次第に「ほっとけ」「あいつはただの金食い虫」などの言葉に変わり、あきらめた様子だったそうだ。母は時折泣いているようだったが、ケンジさんは当時、「ひきこもりの責任は両親にあるのだから、自分の面倒を見て当たり前と思っていた」と述懐する。