遺産分割をスムーズにすることなどを目的に作成される「遺言書」は、一般的には「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2種類がある。被相続人が自筆で作成する前者に対し、後者は公証役場で公証人と2人の証人が立ち会いの下で作成する。とりわけトラブルが多くなるのが「自筆証書遺言」だが、そこに認知症が絡むことで、厄介な“争族”に発展することも少なくない。弁護士の眞鍋淳也氏(南青山M’s法律会計事務所代表)が解説する。
「比較的軽度の認知症で最低限の意思能力がある人が書いたのであれば、遺言書は法的に有効です。ただし、相続人の誰かが遺言の中身に疑いを持てば、親族間で信憑性をめぐる議論が起き、“争族”に発展しやすくなる。例えば、認知症の親を子供のうちの1人が囲い込んで、密室で『こう書いて』などと自分に有利な内容を書かせる場合があります。露骨なのは、『誰々に全財産を相続させる』と日付、署名とともに1行書かせる方法です。当然、親の死後に他の相続人が不満や不審の念を抱いてトラブルになりやすい」
都内に住む70代男性は、認知症の父親が亡くなった後の遺言書をめぐり、実兄と争ったという。
「父が死んだ後、全財産を兄に相続させる旨の遺言書を見せられたのです。寝耳に水だったので、生前に父を認知症と診断した医師のカルテを取り寄せて遡り、遺言作成日と照らし合わせたところ、認知症の悪化した父を兄が誘導して、自分に有利な内容を書かせていた事実がわかりました。その証拠をもとに裁判で争った結果、兄は相続人の資格を失うことになりました」
こうしたトラブルを避けるために、認知症を発症した場合に、財産管理を第三者に委ねる「成年後見制度」を利用する選択肢もある。
ただし、相続に関しては必ずしも使い勝手がよいとは言えない。弁護士の寺林智栄氏(NTS総合弁護士法人札幌事務所)が語る。
「成年後見人は被後見人の財産と権利を守ることが第一の使命のため、財産を減らすことになる生前贈与など相続税対策ができません。また、被後見人の預貯金からは、本人の介護費用や医療費さえ自由に引き出せなくなるなど、家族には不便な面が多いです」