健康保険証の資格を失った経験
でも、私のマイナンバーカードに対する心配はそこだけじゃない。もっとアテにならないのがこの私よ。
というのも、小学校低学年から通信簿に「忘れ物が多い」と書かれ、大人になってもキャッシュカードやクレジットカードを何度再発行したことか。初めての海外旅行ではパスポートをなくして2週間、現地で足止めを食らったし。
大事なものをなくして困った経験といえば、ものすごく言いにくいけれど、実は私、40代後半のある一時期、国民健康保険証をなくしてしまったことがあるの。紛失じゃなくて、保険料を滞納し続けて資格を失ったのよ。
原因はギャンブル依存症。仕事でパソコンの前に座るよりずっと長い時間、パチンコ台の前に座っていたら、パンドラの箱を開けたようなものよ。借金はふくらむばかりで、ベッドの中で飼い猫の背中をなでながら「いつまで生きていけるのかな」と深夜にどれだけ天井の節穴を眺めたか。
そんなときよ。「こんにちは~」と、玄関のドアの向こうからやけに明るい声が聞こえてきたんだわ。私の住んでいる安マンションの4階までわざわざ階段を上ってくるのは、宗教の勧誘か、ヤバい商品の営業か。でも、その曇りのない声は彼らとはどこか違う。それで思わずドアを開けたら、区の健康保険課のAさんが立っていたの。
「すみません。払えてなくて」ととっさに謝ったら、「そうみたいですね。でも、困るでしょう」と言うから、「そうなんですよ。実は胸にしこりがあって、病院に行かなくちゃと思っているんだけど、なかなか……」と言葉を濁したら、明るい声で「事情を話していただける?」と言った彼女の声のトーンは20年近くたったいまも耳の奥に残っている。
こういうのを人間力っていうのね。誰にも話せなかったギャンブル依存症のこと、そのせいで金銭的に逼迫していることを、2才上のAさんにはスルスルと話せたのよ。Aさんは私の話にちっとも驚かず、「ふむふむ。なるほどねぇ。現金を手にするとどうしてもギャンブルをせずにはいられなくなるのね」と、ごく当たり前のことのように受け止めてくれたんだわ。聞けばAさんも家庭に問題を抱えていて、それを「まぁ、それも私の毎日のアクセントね」などと言って、ふふふと笑うんだわ。