興味深いのは、キャンセルカルチャーが、「アメリカの中でも最も進歩主義的な地域(ニューイングランド地方と西海岸)の、進歩的な政治思想で知られる大学」で猛威をふるっていることだ。これらの大学は、「進歩的かつインクルーシブな社会政策」をどこよりも熱心に推し進めてきたにもかかわらず、あるいはそれゆえに、はげしいキャンセルの嵐に見舞われたのだ。
しばしば指摘されるように、アメリカの大学では「極左または進歩主義」の教員が増え、「中道」や「極右または保守派」の教員の比率が一貫して減っている。その結果、近年では、「キャンパスでの討論の大部分は、言論の自由についておおらかな考えを持つ(ほとんどが)高齢の進歩主義者と、インクルージョンという名のもとに言論の制約を支持する傾向にある(ほとんどが)若手の進歩主義者が、左派内部で意見を闘わせている」。
このようにして左派(レフト)がリベラルをキャンセルするようになったのだが、その背景には、テニュア(終身在職権)がなく身分が不安定な教員たちのあいだで、キャンセルされることへの不安が高まっていることがあるのではないか。
アメリカのアカデミズムは白人の割合が不均衡に高く、「有色人種」とりわけ黒人が少ないことは誰もが知っている。この不都合な事実に対して「糾弾」されかねない白人の若い教員たちは、身を守るために、自分が「社会正義の戦士(Social Justice Warrior)」であることをますますアピールしなければならなくなっている。学生たちは非正規の教員たちのこうした不安を見透かしているので、ことあるごとに暴力的な「社会正義の抗議行動」を行なうようになったのだと考えると、アメリカのリベラルな地域にあるリベラルな大学で起きている「異常」な事態が理解できるだろう。
(橘玲・著『世界はなぜ地獄になるのか』より一部抜粋して再構成)
【プロフィール】
橘玲(たちばな・あきら)/1959年生まれ。作家。国際金融小説『マネーロンダリング』『タックスヘイヴン』などのほか、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『幸福の「資本」論』など金融・人生設計に関する著作も多数。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。リベラル化する社会をテーマとした評論に『上級国民/下級国民』『無理ゲー社会』がある。最新刊は『世界はなぜ地獄になるのか』(小学館新書)。