中古車販売大手・ビッグモーターの保険金不正請求問題は、苛烈なノルマが課せられたことも理由のひとつだと指摘されているが、これは決して他人事ではない。報じられるような深刻な問題ではないにせよ、ノルマに追われ続けているうちに「本当はやっちゃいけないんだけどなあ」というようなことをやってしまうケースは十分にあり得る。広告業界出身で、これまで多数の会社と取引をしてきたネットニュース編集者の中川淳一郎氏が、解説する。
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例えば、ある会社では、付き合いのあるPR会社に社長の書いた本を何千冊も買わせていました。
その会社の広報部長の理屈は、「うちのPR業務を担うなら、それもお前たちの仕事。売上を伸ばすために、買い取る義務がある」というものでした。もちろん契約にそういった内容が明記されているわけでなく、冷静に考えれば無茶苦茶な注文なのですが、PR会社の社員も「初版の5000冊はノルマなので……」と必死です。
書店に足を運んでは、社長の本を前面に出してもらえるよう働きかけ、自分でも人の目につくようにこっそり並べ替える……、といったことを健気にやっていました。書店に営業するのはともかく、勝手に並べ替えるのはアウトでしょう。しかし、一部の社員にとってはそれも“仕事”として当然のことだったのです。
ビッグモーターの保険金不正問題にしても、上司が「ノルマ達成のための戦術でしかない。事故なんてそれほど多く起こらないから、損保会社は儲かりまくってるはず。ゆえに、時には過大に請求するのも社会全体を考えると“正義”の行為だ」なんてことを部下に言っていたかもしれません。ビッグモーターには損保会社の従業員も出向していたようですから、完全に「持ちつ持たれつ」の関係だったのではないでしょうか。
取引先に自分たちが使うパソコンを買わせる
冒頭で紹介したエピソードにしても、PR会社が「いつも○○社さんにはお世話になってるからな……」とばかりに我慢していたんだと思います。実際、私はそのPR会社の社員に、何千冊もの社長の本を購入することについて、不思議に思わないのかと聞いたことがあります。するとこんな答えが返ってきました。
「あそこの会社との取引は年間○億円ほどあります。一方で、1500円の本を5000冊買ったところで750万円。取引全体から見たら小さなものですし、それを断って数億円単位の取引がなくなることのほうがよっぽど地獄です。取引先と円滑に仕事を進めるために、上司も“必要経費”として認めてくれました」