「母の死によって家族が再構成された」
そうした故人の「書き残し」に心救われる人は少なくない。葬送・終活ソーシャルワーカーの吉川美津子さんが言う。
「強く印象に残っているのは、妻の死後、何も手につかず、自宅がゴミ屋敷と化した男性のことです。お墓の相談のために彼の自宅を訪れたとき、あまりの惨状で部屋を掃除していると、奥さんのメモ書きが残されたレポート用紙が見つかったんです。そこには《私が死んだら、お世話になっている○○さんに~~について尋ねてください》《~~で困ったら○○さんを頼ってほしい》など、具体的な内容が記されていました。また別の手帳の余白には、『今日は○時○分の電車に乗ってお父さんと~~に行ったことがうれしかった』と日常のちょっとした出来事とその感想が記されていました」
男性はそれらを読むやいなや目を潤ませて「女房はこんなに自分のことを思ってくれていたのに、このままでは情けない」と語り、重い腰を上げて自宅の掃除を始めたそうだ。
「さらに『これからシルバー人材に登録して働きたい』と言ってくれました。奥さんが亡くなってから男性はずっと肩を落としていましたが、彼女が残した言葉を目にして前向きに生きることを決意したんです」(吉川さん)
別れによって傷ついた心を癒すのもまた、故人なのかもしれない。宮川さんは「母の死によって家族が再構成された」と振り返る。
「母の闘病中、父は『人はいつか死ぬんだから』とカラッとしているようにみえましたが、いざ亡くなると酒浸りで『この世に生きていても意味がない』と嘆くようになりました。心配したぼくら3兄弟が実家に顔を出したり、頻繁に電話をすることで、次第に落ち着いてきました。残されたみんなが母を亡くした悲しみを共有し、それまで以上に寄り添うことで家族が再構成されたんです。まるで“母の死”というエネルギーによってものすごい勢いでぼくたちの人生が変わっていくようにも思えました。
実際、それをきっかけに上京して本格的に漫画を描き始めることを決心しましたし、いまもぼくが生きていることの根底に母の死があるように思えるんです。
父が2年前に他界したときも、母の死を経験していたので前向きに受け入れることができました」(宮川さん)