赤字ローカル線と同様の悪循環
焼け石に水の効果しかないことが分かっているのに値上げ幅を「1.3倍程度」にとどめるのは、国民生活への影響を考えたことに加え、反動による利用者減を懸念した側面があるようだ。総務省は、1.3倍程度の値上げならば、2028年度の内国郵便物の値上げによる落ち込み分は2億7400万通程度になると予測している。
だが、「1.3倍程度」であっても、安い郵便料金に慣れてきた消費者にとってはインパクトが大きい。物価上昇に先行きが見えない中で消費者の節約志向は進んでおり、値上げを機に「郵便離れ」に拍車がかかることも十分想定されよう。
十分に値上げできないことへの対応策として、日本郵便はコスト削減や業務の効率化、他企業との連携強化をはじめとする新たな収入源の開拓を急ぐ考えを示している。だが、局面を劇的に変えられるアイデアが見つかっているわけではない。
だからと言って、赤字が膨らむたびに値上げを繰り返したのでは、さらに利用者を失う。それでは赤字ローカル線に悩む鉄道会社と同じ経営課題を抱えることとなる。
他方、郵便事業の将来性から今回の値上げを考えると、問題の先送りと言わざるを得ない。経営の悪化要因は、「郵便離れ」や固定費の増加といった足下の問題だけではないからだ。むしろ深刻に受け止めるべきは、人口減少および消費者の高齢化による「ダブルの内需縮小」のほうである。郵便事業が赤字に転落した今、問われているのは当座の赤字経営からの脱却ではない。今後も事業として維持し得るかどうかなのである。
にもかかわらず、「展望なき値上げ」というお茶濁しをしようとしているのは、将来的な郵便事業の維持を考える上で避けては通れない「ユニバーサルサービス」(全国均一で安定的に利用できるサービス)の見直しという本質的な問題に踏み込みたくないからだろう。
(後編に続く)
【プロフィール】
河合雅司(かわい・まさし)/1963年、名古屋市生まれの作家・ジャーナリスト。人口減少対策総合研究所理事長、高知大学客員教授、大正大学客員教授、産経新聞社客員論説委員のほか、厚生労働省や人事院など政府の有識者会議委員も務める。中央大学卒業。主な著書に、ベストセラー『未来の年表』シリーズ(講談社現代新書)のほか、『日本の少子化 百年の迷走』(新潮選書)などがある。