力のない個人でも社会を変えることはできる
東京都心の明治神宮外苑もまた、再開発によってまさに失われつつあるコモンだ。200m近い超高層ビルの建設や野球場の建て替えによって、100年の歴史ある樹木が伐採され、これまで市民に開放されていた場所が失われようとしている。昨年9月には国連の諮問機関イコモスが「世界に類を見ない文化的遺産の不可逆的な破壊だ」と東京都や事業者に計画の見直しを提言し、海外からの注目も集まった。
「自然や景観などが関係するコモンの問題は社会の富であり貨幣の価値ではかることはできず、企業が利益優先で一方的に決めるべきではありません。地域住民や関係者などが一緒に考えるべき問題です。
もともと戦前の明治神宮外苑は国有地でしたが、終戦後に明治神宮に格安で払い下げられたという経緯があります。その際の条件が『民主的に運営すること』『国民が公平に利用できること』となっており、公共性が高い地域であることがうかがえます。しかし今回、市民の意見を取り入れることなく、企業や都による強引な開発が行われようとしています」
失われるコモンに環境破壊、労働の搾取に貧困──こうした出来事は日本中、世界中のいたるところで起きている。だが、個人のわずかな力で何ができるのか。
「米ハーバード大学の政治学者であるエリカ・チェノウェスらの研究によれば、3.5%の人が本気になれば、非暴力な方法で社会は変えることができるといいます。実際にスウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんが地球温暖化の対策強化を訴えた『学校ストライキ』は、たったひとりからスタートした活動でした。世界を動かした『#MeToo』も同じです。力のない個人でも社会を変えていけることを忘れないでほしい」
そのためには、個人や特定の住居空間の人だけの問題に矮小化するのではなく、自分事と捉えて問題意識を持って立ち上がることだ。
「多くの人が利害関係者になることこそがコモンの本質。当然ながら、人それぞれできることに違いがあります。時間がなければ署名活動に賛同して署名するだけでもいいし、SNSで活動を広めるのもいいし、自ら署名活動を起こすのもいい。一人ひとりの参加こそが、3.5%につながるのです」
私たちの生きる地球を持続可能なものにするためには、努力が必要だ。だが努力の方向を間違えれば、持続は不可能になる。息苦しさ、生きづらさ、感じる不条理──その根底に何があるのか。本質を見極めていくことこそ、未来を作るためにやるべきだろう。
(了。第1回から読む)
【プロフィール】
斎藤幸平/東京大学大学院准教授。1987年生まれ。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。著書に『ゼロからの「資本論」』『人新世の「資本論」』など。
取材・文/戸田梨恵
※女性セブン2024年2月22日号