高齢者介護を支える「介護保険」制度が危機の最中にある。今年4月、訪問介護サービスの基本報酬が引き下げられたのだ。厚生労働省の調査では訪問介護事業所の約4割が赤字ともされるなか、自宅で介護を受ける人たちの“命綱”といえるサービスの存続が危ぶまれている。この事態に社会学者の上野千鶴子さん(76)は、「未曾有の危機です」と警鐘を鳴らす。
『令和4年度人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査報告書(厚生労働省)』によると、「あなたが病気で治る見込みがなく、およそ1年以内に徐々にあるいは急に死に至ると考えたとき。最期をどこで迎えたいですか」の問いに「自宅」と答えた人が最も多く、約54%だった。自宅を選んだ理由で最も多かったのは、「最期まで自分らしく好きなように過ごしたいから(71%)」で、2位が「住み慣れた場所で最期を迎えたいから(67%)」だった。
多くの人が自宅で最期を迎えることを望んでいるわけだが、『在宅ひとり死のススメ』(文春新書)などの著書がある上野氏は「そもそも自宅で安心して死ねるのは、介護保険制度のおかげです」と強調する。
「介護保険が始まった当初は、現場の医師や介護職に『自宅で、ひとりで死ねますか?』って聞いたら、『家族がいないと無理です』と言われました。ところが2010年代後半頃から潮目が変わった。
ここ数年の現場取材で、医師や看護師、介護職などの方々に『自宅で、ひとりで死ねますか?』と聞くと、ほとんどの方が『できます』と答えます。介護現場では答えが出ているんです。介護保険が施行された2000年からの24年間で、介護のスキルは格段に進化し、人材が育ちました。考え方もスキルも、介護保険制度ができたばかりの頃とは180度変わりました。在宅ひとり死は、今では望めば可能になりました。ただし、医療・看護・介護資源に地域差があるという問題が残っているのと、実現のためには介護保険サービスが今のレベルを維持することが条件というのを忘れてはいけません」
しかし、その前提が揺らいでいる。厚生労働省は2023年11月、訪問介護サービスの基本報酬の「引き下げ」の方針を発表。今年の4月の改定で、訪問介護サービスを提供した際に対価として得られる報酬が引き下げられることになった。22種類ある介護関連のサービスにおいて、税引き前の収支差率の平均はプラス2.4%だが、訪問介護だけはプラス7.8%と高水準だったことが、報酬引き下げの一つの根拠だと厚労省は説明している。上野さんはその判断のおかしさを強調する。
「厚労省は、報酬を引き下げる一方、介護保険サービスの事業者が職員の処遇改善をした場合などに取れる介護報酬の加算申請をすることで、全体としてはプラスにできるとも主張しています。しかし、これは机上の空論です。規模が大きく力のある事業所は加算のための申請に人員と時間を割くことができるけれど、弱小事業所にそんな資格も余裕もありません。それに優良な事業所はすでに加算を獲得していますからメリットがありません。実態として、4月からの基本報酬引き下げで減算になる事業所が続出しています」