歴史的物価高は続くものの、実質賃金は24か月連続マイナスと過去最長を記録。インフレが進む先進国に比べ、なぜ日本では賃金が上がらないのか。経営コンサルタントの大前研一氏が日本の賃金が上昇しない背景について解説する。
* * *
岸田首相は現実と乖離した発言を連発している。その典型は「まず今年、物価上昇を上回る所得を必ず実現する」「そして来年以降、物価上昇を上回る賃上げを必ず定着させる」というものだ。
これは姑息なレトリックである。なぜなら「所得」には「賃金」以外に預貯金の利子、株の配当や売却益、不動産の賃料や売却益、政府からの給付金なども含まれるからだ。
当初、岸田首相は自分が会長を務めた宏池会の創設者・池田勇人元首相に倣って「所得倍増」を打ち出したが、いつの間にかそれを「資産所得倍増」に転換した。そして2023年を「資産所得倍増元年」とし、「貯蓄から投資へ」のシフトを大胆かつ抜本的に進めていくとして、iDeCo(個人型確定拠出年金)や新NISA(少額投資非課税制度)を導入した。さらに、2024年度税制改正に伴い、2024年分の所得税と住民税には定額減税が実施されることになった。
つまり、賃金の上昇が物価の上昇を上回らなくても、金融所得が伸びたり、所得減税を行なったりすれば、所得の上昇が物価の上昇を上回る状況をつくれるのだ。
一方、連合(日本労働組合総連合会)の集計によると、今年の春闘の賃上げ額は平均月額1万6037円、賃上げ率5.24%で、1991年以来33年ぶりとなる5%超えの水準となり、物価上昇率を上回っている。
しかし、厚生労働省の「毎月勤労統計調査」によれば、今年3月の実質賃金(名目賃金から物価上昇分を除いたもの)は、前年同月に比べて2.5%減少し、過去最長を更新する24か月連続のマイナスとなった。
岸田首相は賃上げを強調するが、実際は物価の上昇に賃金の上昇が追いついていない状況が続いているわけで、「所得」と「賃上げ」を使い分けて国民を欺こうとしているとしか思えない。