言葉が出ないほどうまい焼鳥
親子煮がやってきた。ははあ、居酒屋であればカツ煮を素通りできない私だが、親子煮は、ほとんど注文したことがなかった。
さっそく箸を突っ込んで、口へ運ぶ。おお!うまい。丼飯もって来い!という気分。親子丼を頼みなさいっての。
これがまた、酒に合うよ。この見た目にも地味で、ボリュームという観点からはむしろ楚々たる感じの親子煮が、日ごろ酒を飲めばあまりものを食べない私の食欲に火をつける。皿ごと口へ運んで流し込み、徳利から直に酒をあおってしまいたい。
ここで思い出す。「神田まつや」の蕎麦前で、焼鳥を忘れてはならないことを。
「焼鳥ください」
「タレと塩、どちらにしますか」
日ごろはタレであるが、口の中は今、親子煮である。
「塩でください」
これまで「神田まつや」の焼鳥をどれだけ食べたか記憶が定かでないか、塩は初めて。レモンを搾り、軽く塩につけ、冷めないうちに口へ運ぶと、あっさりとしているのにほどよい脂が柔らかく、絶品だ。小さな徳利がもどかしいので、一度に2本ずつもらうことにして、焼鳥のふた切れめは、塩の後に、辛子にもつけて、口へ放り込む。
「うまいねえ」
「……」
長く神田に勤めながら「神田まつや」は初めてというケンちゃんは何か言いかけて、言葉を呑んだ。私は、中学生のとき、初めてデートした女の子が、何か言おうとして黙ってしまったことを、ふと思い出した。
「すいまっせーん。お酒」
「2本?」
「うん、2本!」
いいねえ、神田の昼酒。うまいねえ、「まつや」の蕎麦前。