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ビジネス

衆院選と米大統領選の結果から読み解く日米経済の混沌 財政赤字を問題視する“ザイム真理教”に乗せられた大手マスコミが決して報じない事実

 国民民主党の玉木雄一郎代表は自身のYouTubeチャンネルで「アベノミクスが機能しなかったのは第二の矢(積極的・機動的な財政出動)が飛ばなかったから」と説明している(2022年7月15日投稿「追悼 安倍元総理 思い出をお話します」)。そして、「今こそ積極財政ですよ」と言った玉木氏に、安倍氏は「玉木さんの古巣(財務省)が固いんだよね」と答えたという。さらに、『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社)を読むと、財務省がいかにアベノミクスを骨抜きにしようと抵抗したかが本人により語られている。

 この『安倍晋三 回顧録』に、元大蔵省事務次官の齋藤次郎氏が反論している(『文藝春秋』2023年5月特別号「『安倍晋三 回顧録』に反論する」)。ただ、読んでみると、いかに財務官僚が国民の痛みよりも財政赤字の解消のほうが大事だと思っているのかがよくわかって、そこがとてもツラい。また、このインタビューで齋藤氏は〈入省して、徹底的に教え込まれたのは、財政規律の重要性でした。「財政の黒字化は当たり前のことでなければならない」、「赤字国債は絶対に出すな」……毎日のように先輩からいい聞かされました〉と述べているが、そんなこと、どのマクロ経済学の教科書に書いているのだろう。

 ノーベル賞経済学者のポール・クルーグマン氏は、2014年に来日した折りに、消費税を増税させるべきではない、と当時の安倍首相に進言している。アメリカの元財務長官ローレンス・サマーズ氏は、需要不足と投資不足が問題となっている状況では、積極的な財政出動が経済成長を促進し、結果的に財政健全化に寄与する可能性があるととなえている。世界的にも支持されるそうした学説を無視して、「財政の黒字化は当たり前のことでなければならない」、「赤字国債は絶対に出すな」では、ザイム真理教と呼ばれても仕方がない。

トランプ支持を表明した「右派テック」トップ達の狙い

 いま、国民民主党の「年収の壁」を撤廃して「手取りを増やす」減税案に対して、自民党と立憲民主党がさかんに横槍を入れている。ただ、自民も立憲も、低迷する経済からくる痛みを放置するのなら、勢力を失うのは必至だ。石破首相は自著で〈財政規律の話をすると、増税派だとか財務省の手先だとかレッテル貼りをされる風潮が一部ありますが〉などと書いている。そしてこの書のタイトルは『保守政治家 わが政策、わが天命』である。あなたはいったいなにを保守しようとしているのか、国民の生活なのか、それとも財務省の“伝統”か、と問いたい。

 石破氏は、自民党内のいわば“お家騒動”から生まれた首相である。そういう意味では、「バイデン降ろし」の後に担がれて急遽民主党候補となったハリス氏に似てなくもない。経済をなんとかしなければ、石破氏が首相の椅子に座っていられる時間はそう長くはないだろうと思われる。

保守政治家を名乗る石破首相が守るのは、「国民生活」か、「財務省の“伝統”」か(時事通信フォト)

保守政治家を名乗る石破首相が守るのは、「国民生活」か、「財務省の“伝統”」か(時事通信フォト)

 では、労働者から票を集めたトランプ政権は労働者に寄り添った政策を推し進めることができるだろうか。国民民主党は選挙で約束した公約を実現することができるだろうか? それは現時点ではかなり不透明だと言わざるを得ない。

 シリコンバレーは長らく進歩主義的で民主党を指示してきた。しかし、ここに来て、ゆっくり右旋回をはじめている。イーロン・マスク氏の台頭はそのわかりやすい兆候だと言えるだろう。起業家・投資家のピーター・ティール氏(PayPal、OpenAI共同創業者)やマーク・アンドリーセン氏(WebブラウザのMosaic、Netscape Navigator開発者)もトランプ支持を表明している。

 彼ら「右派テック」のトップが、労働者のための古きよきアメリカを取り戻そうとしているとは考えにくい。彼らの狙いは、規制の撤廃と、テクノロジーによる自由市場の実現だと考えるのが妥当だろう。巨大な資本に物を言わせて彼らが政治の中枢に食い込んでくるのはまちがいない。

 一方日本では、財政規律を守ろうとする勢力が、基本的には重箱の隅をつつくような論法で揺さぶりをかけてくるにちがいないし、そしてマスコミは、傾聴するべき意見としてこれらを報道し続けるだろう。

大手マスコミが決して報道しない事実

 財政規律については、たしかにひとつの意見として報道するのは当然だ。ではここで、財政赤字を問題とするときに、大手のマスコミが決して報道しない事実を書いておこう。

「財務省 外国格付け会社宛意見書要旨」と入力して検索をかけると財務省のページに飛ぶことができる。そこにはこう書いてある。〈日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない〉。これは、2002年にアメリカの格付け会社が日本国債の格付けを引き下げた際に、財務省が反論したものだ。つまり、国債発行による財政破綻はないと、財務省が表明しているのである。財政赤字を扱う際に、テレビのニュース番組はこの事実に決して言及しない。なぜだろう。

 さて、この原稿を書いている最中に、県議会による不信任決議を受けて失職を選択した齋藤元彦氏が知事選で当選を果たしたというニュースが飛び込んできた。齋藤氏に不信任を言い渡されてしかるべき過失があったのかどうか、いまの僕にはまったくわからない。ただ、有権者の多くが、大手マスコミの報道を信用しなかったことは確かだろう。そして多くの識者がこの状況を嘆き、齋藤元彦氏に投票した有権者を愚弄するような投稿をしている。

 しかし、「増え続ける財政赤字をこのまま放置していくわけにはいきません」などと言ってそのコーナーを終わらせようとするメディアは、我々の経済理論だけが正しい、それを聞いておけばいいのだと言っているのと同じだ。この態度を是正しないと、分断がないと言われる日本にもやがて分断は生じる。実際、財務省のXのアカウントにはかつてないほどの批判が寄せられているのだから。

【プロフィール】
榎本憲男(えのもと・のりお)/1959年和歌山県生まれ。映画会社に勤務後、2010年退社。2011年『見えないほどの遠くの空を』で小説家デビュー。2018年異色の警察小説『巡査長 真行寺弘道』を刊行し、以降シリーズ化(中公文庫)。同作のスピンオフとなる『DASPA 吉良大介』シリーズ(小学館文庫)、『マネーの魔術師 ハッカー黒木の告白』(中公文庫)も話題。近刊に『サイケデリック・マウンテン』(早川書房)など。2016年に大藪春彦賞候補となった『エアー2.0』の続編、『エアー3.0』が好評発売中(いずれも小学館)。

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