鉄道で安全が重要である3つの理由
鉄道で安全が重視される理由は、おもに次の3つがあります。
【1】鉄道ではいったん事故が起こると、その規模が大きくなりやすい
【2】自動車よりも危険回避がむずかしい
【3】安全でなければ公共交通機関として存在できない
それぞれくわしく説明します。
【1】の「鉄道ではいったん事故が起こると、その規模が大きくなりやすい」は、多くの人にとってわかりやすい理由でしょう。鉄道と同じ陸上の輸送機関である自動車とくらべると、そのことがよくわかります。
自動車は、鉄道車両よりも重量が小さく(普通乗用車は平均1.5トン)、基本的に1台で走ります。日本の道路交通法では、普通乗用車の最高速度を、一般道路で60km/h、高速道路で100km/hと定めています(高速道路の一部区間では120km/h)。
いっぽう鉄道では、自動車よりも重量が大きい車両(近年の通勤電車の場合は空車で30トン以上)が、1両、もしくは複数つながって走ります。たとえば東京圏のJR在来線では最長15両編成の旅客列車、東北新幹線では最長17両編成の旅客列車、JR東海道本線などでは最長27両編成(機関車をふくむ)の貨物列車が走っています。
国内における列車の最高速度は、新幹線で320km/h(東北新幹線の一部区間)、それ以外の鉄道では130km/hとなっています(京成「スカイライナー」が走る区間の一部は160km/h)。
高校の物理の授業では、運動する物体がもつ運動エネルギーが、質量の1乗、速度の2乗に比例して大きくなることを習います。このことを踏まえると、仮に列車と自動車の走行速度が同じだったとしても、15両編成の旅客列車(空車で総重量450トン以上)の運動エネルギーは、1台の普通乗用車(約1.5トン)のそれの300倍以上になります。実際は、列車が自動車よりも速く走ることが多いので、その分だけ列車の運動エネルギーが大きくなります。
このため、列車が万が一脱線して何かに衝突すると、運動エネルギーが大きい分だけ車両が破壊され、被害が大きくなります。当然、被害の規模は、自動車事故よりも大きくなります。だからこそ、鉄道では安全がとくに重視されるのです。
【2】の「自動車よりも危険回避がむずかしい」は、自動車を運転した経験がある人ならイメージしやすいでしょう。
自動車では、ドライバーが危険を察知したとき、ブレーキペダルを強く踏み込んで急停車する、もしくはハンドル(正確にはステアリングホイール)を大きく切って進路を変更することで、衝突などの危険を回避できることがあります。
いっぽう鉄道では、こうは行きません。そもそも高速で走る列車の運動エネルギーは大きいので、自動車のように急停車できません。車輪とレールの間に働く摩擦力が小さいので、ブレーキ力を大きくしすぎると車輪の回転が停まる、もしくは回転速度が遅くなって車輪がレールの上をすべったまま走る「滑走(かっそう)」が起きてしまい、運転士の意図通りに減速できなくなります。人を運ぶ旅客列車の場合は、急停車すると車内にいる人が転倒してケガをすることを考慮する必要があります。
また、鉄道では、列車の進路が線路によってあらかじめ決まっているので、運転士が走行中に進路を変更することができません。このため、他の列車に接近しても避けられず、衝突や追突が起こることがあります。
このため、鉄道の運転士は、列車を安全に走らせるために細心の注意を払って運転操作を行なっています。それゆえ、迫力がある鉄道写真が撮りたいあまり、線路に立ち入る人がいることは、運転士にとっては恐怖です。
【3】の「安全でなければ公共交通機関として存在できない」は、社会的役割に関するものです。鉄道は、公共性が高く、社会と密接に関係する輸送機関なので、安全を確保することが基本原則となっています。このため、鉄道事業法の第十八条の二(輸送の安全性の向上)には、「鉄道事業者は、輸送の安全の確保が最も重要であることを自覚し、絶えず輸送の安全性の向上に努めなければならない」と記されています。